ハイクノミカタ

旅いつも雲に抜かれて大花野 岩田奎【季語=花野(秋)】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

旅いつも雲に抜かれて大花野

岩田奎


2017年に行われた「俳句甲子園」の最優秀賞句。

この一句が想像力の起点としているのは、まぎれもなく「旅」という言葉である。

物質としての言葉としてではなく、読み手に個人的体験を喚起するための身体的なことば。

同時に、『おくのほそ道』を例に出すまでもなく、「旅」は俳諧/俳句史をつらぬくモティーフのひとつでもある。

しかし、わが身を振り返ってみれば、年を重ねれば重ねるほど、脳内を占める雑事は増えるばかり、風に身を預けてしまえるような「旅」はむずかしくなっていく一方。

そのせいか、この「大花野」には、たどりついた瞬間からその存在が霞んでいくような、フィクショナリティを感じる。

それは、ここで江渡華子が書いているように、この「大花野」の正体を、「目標と安定と、バランスがとても取れている世界ではないだろうか」と彼女は書ていることと、ある意味では同じこと。

生きている以上、「目標と安定と、バランスがとても取れている世界」は、そう達成できるものではないからである。

達成した瞬間から、つぎの目標によってバランスは崩れてしまう。その反復される不安定性を、わたしたちは「旅」と呼ぶのだし、そういう不安定性をもたらしてくれるもののことを、わたしたちは「雲」と呼ぶのだ、きっと。

作者は今年、角川俳句賞を受賞することになった。

これまでの最年少記録(田中裕明)を更新しての、21歳での受賞である。

(堀切克洋)


🍀 🍀 🍀 季語「今日の月」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 生垣や忘れ一葉を落し掃く   村尾公羽【季語=一葉(秋)】
  2. 農薬の粉溶け残る大西日 井上さち【季語=大西日(夏)】
  3. 止まり木に鳥の一日ヒヤシンス  津川絵理子【季語=ヒヤシンス(春…
  4. 蓮ほどの枯れぶりなくて男われ 能村登四郎【季語=枯蓮(冬)】
  5. みすずかる信濃は大き蛍籠 伊藤伊那男【季語=蛍籠(夏)】
  6. 水底を涼しき風のわたるなり 会津八一【季語=涼し(夏)】
  7. 生きものの影入るるたび泉哭く 飯島晴子【季語=泉(夏)】
  8. 土器に浸みゆく神酒や初詣 高浜年尾【季語=初詣(新年)】

あなたへのおすすめ記事

連載記事一覧

PAGE TOP