男はよろめき
星空はぐるぐる
その詩人の
天と地は
ひっくりかえり
星たちはアラブの
僧のように踊る
ゼノ・ビアヌ
2、3年ほど前、縁あってフランスの俳句研究家のアラン・ケルヴェルヌさんからJapon, poèmes et pensées en archipel(日本、列島における詩と思索)という真っ赤なカバーの本を送っていただいた。
この冒頭に、ゼノ・ビアヌの「いくつかの日本現代俳句の変奏(Variations sur quelques haïkus japonais contemporains)」という作品が収められている。
石田波郷、永田耕衣、丸山海道、三橋鷹女、寺山修司、高濱虚子、住宅顕信、宇佐美魚目、今井聖、橋本多佳子、西東三鬼、清崎敏朗、杉浦圭祐の句がフランス語で示され、それに対する「返歌」ならぬビアヌーの「返句」が並んでいる。
さて上の句、わたしの下手な訳で申し訳ないが、誰の句に対する「返句」か、おわかりだろうか?
正解は、住宅顕信の〈立ちあがればよろめく星空〉だ。
フランス語では、〈Quand je me lève/il titube–le ciel étoilé〉と訳されている。もともとは一行詩の句が、「立ち上がれば/よろめく――星空」と、ゆっくりと間をとりながら、三行で書かれている。
「tituber」という動詞には、酒のせいでよろめく、つまり「千鳥足で歩く」という意味合い。
顕信の「星空(le ciel étoilé)」に対し、ビアヌーは「ぐるぐる回る星空(le ciel tourneboulé)」と、より酔客の目線から描きつつ、それがまるでダルヴィッシュ(イスラム教の托鉢僧)の踊りのようだ、と書く。
もちろん、10代後半で浄土真宗本願寺派の僧侶となった顕信の人生に応答したものだが、星のゆらめきにスーフィズムを重ねることで、白血病を患い、25才で夭逝することになる「俳人」から見えた世界の、ひとくちにいえば「神秘性」を強調している、ということになるだろうか。
ゼノ・ビアヌーは、1950年パリ生まれの詩人。1970年代に刊行された『スカートの瞼に捧げる電子宣言』というマニフェストの署名者のひとりで、文筆、演劇、ジャズなど横断的な活動をしている(ボリス・ヴィアンのようである!)。
とくに、私が研究している演劇理論家アントナン・アルトーも参加していた1930年代の「グラン・ジュ」からの影響を受けており、アジアの詩にも造形が深く、フランスで著名な翻訳家であるコリーヌ・アトランと俳句の共著を2冊出している。
ウェブ上でも彼の詩の日本語訳が読めるようなので、ご関心のある方は「青の詩人、ゼノ・ビアヌ:70年代フランス詩の一潮流」というページに「トリップ」していただきたい。(堀切克洋)