ハイクノミカタ

新涼やむなしく光る貝釦 片山由美子【季語=新涼(秋)】


新涼やむなしく光る貝釦

片山由美子


8月も今日でおしまい。

本当であれば、この夏は東京オリンピックに浮かれ騒ぐ夏になるはずだった。その「経済効果」を期待して、旅行・観光業ではたらく人たちは、準備をしていたはずだった。

政府はそれを少しでも取り繕おうと、「GO TO」キャンペーンを、人々の生活の安定を図るよりも先に持ち出していた。批判的な議員が、「強盗(ごうとう)じゃないか」と言っていたのは、上手いなと思った。

新型コロナウイルスの感染拡大を気にしながら、不用不急の外出は控えて、計画通りの夏休みを過ごせなかった人も多いはず。

掲句は、必ずしもパンデミックを背景にしていると考えなくてもよいが、現況に照らしていうなら、どこか海の見える街へと夏の旅行を予定していたものの、結局はそれも叶わぬまま、暑さも落ち着いてきてしまった、と読める。

高級ブラウスによくほどこされている「貝釦」は、マダムが作る俳句に頻出のワードではあるものの、「むなしく光る」というのは、いままでに詠まれてこなかった側面かもしれない。

あたかも貝が、海を見られなかったことを悲しみ、嘆いているかのようだ。

「新涼」に対するアンヴィヴァレントな感情もさらりと読み込まれていて、感染に怯えるなかで詠まれた句としては、記憶に残る句であるだろう。

角川「俳句」9月号より引いた。

(堀切克洋)


🍀 🍀 🍀 季語「今日の月」については、「セポクリ歳時記」もご覧ください。

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. つはの葉につもりし雪の裂けてあり     加賀谷凡秋【季語=雪(…
  2. 蝶落ちて大音響の結氷期 富沢赤黄男【季語=結氷期(冬)】
  3. 跳ぶ時の内股しろき蟇 能村登四郎【季語=蟇(夏)】
  4. 泣きながら白鳥打てば雪がふる 松下カロ【季語=白鳥・雪(冬)】
  5. 雲の中瀧かゞやきて音もなし 山口青邨【季語=瀧(夏)】
  6. 春風や闘志いだきて丘に立つ 高浜虚子【季語=春風(春)】
  7. 仰向けに冬川流れ無一文 成田千空【季語=冬川(冬)】
  8. 大いなる春を惜しみつ家に在り 星野立子【季語=春惜しむ(春)】

おすすめ記事

  1. 「パリ子育て俳句さんぽ」【9月18日配信分】
  2. 【第9回】ラジオ・ポクリット(ゲスト:今井肖子さん・三宅やよいさん・土肥あき子さん)
  3. 埋火もきゆやなみだの烹る音 芭蕉【季語=埋火(冬)】
  4. 大河内伝次郎西瓜をまつぷたつ 八木忠栄【季語=西瓜(秋)】
  5. 鳥の巣に鳥が入つてゆくところ 波多野爽波【季語=鳥の巣(春)】
  6. 【冬の季語】日向ぼっこ
  7. 【春の季語】三椏の花
  8. 【冬の季語】蒲団(布団)
  9. 【秋の季語】芭蕉/芭蕉葉、芭蕉林
  10. 葉桜の頃の電車は突つ走る 波多野爽波【季語=葉桜(夏)】

Pickup記事

  1. 倉田有希の「写真と俳句チャレンジ」【第9回】俳句LOVEと写真と俳句
  2. たべ飽きてとんとん歩く鴉の子 高野素十【季語=鴉の子(夏)】
  3. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第10回】水無瀬と田中裕明
  4. 【速報&アーカイブ】きょうのできごと2021
  5. 【冬の季語】狐
  6. 耳飾るをとこのしなや西鶴忌 山上樹実雄【季語=西鶴忌(秋)】
  7. 「パリ子育て俳句さんぽ」【4月23日配信分】
  8. 【春の季語】初音
  9. 【書評】中西夕紀 第4句集『くれなゐ』(本阿弥書店、2020年)
  10. 弟へ恋と湯婆ゆづります 攝津幸彦【季語=湯婆(冬)】
PAGE TOP