朝寝して居り電話又鳴つてをり
星野立子
先週取り上げた、波多野爽波の〈自転車がひいてよぎりし春日影〉。評の中で「日影」と「日陰」を混同していた。「日影」は主に日の光りや日差しのことを示し、「日陰」は日の当たらないところを示すことが多いとわかった。
であれば、春の日差しを自転車で横切ったということだ。『スラムダンク』新装再編版2巻の表紙の、防潮堤を自転車で走る流川の姿がよりきらきらして見えてきた。
さて、4月8日は高濱虚子の忌日だった。今年は64回目で、神保町の日本教育会館での虚子忌句会に参加した。コロナ前までは、虚子の菩提寺である鎌倉の寿福寺で法要と句会があったのだけど、コロナ以降は神保町での開催となった。寿福寺の時は、受付などの手伝いの人の昼食に勝烈庵のとんかつ弁当が配られたので、鎌倉といえば虚子忌のとんかつ弁当を思い出す。
鎌倉はスラムダンクでは、陵南高校がある場所として登場する。陵南高校は、神奈川県大会のベスト4に入るバスケ強豪校として描かれていて、中でも2年生バスケ部員の仙道彰(せんどう・あきら)の人気が高い。ドライブ、パス、シュート、ディフェンス全てが超高校級の天才プレイヤーなのだけど、マイペースな性格で、遅刻が多く、練習試合の日にも遅刻してくる。
朝寝して居り電話又鳴つてをり
「朝寝」とは、春の寝心地の良さのこと。一度はいつもの時間に目が覚めるのだけど、布団の中が気持ちよくて、再びうとうとしてしまう。窓や扉を開ける音、どこかへ向かう誰かの足音などを聞きながら、うつらうつらするのは最高に幸せな時間だ。この句に鳴る電話の音も、朝寝の人には心地よい遠さなのだろう。「電話又鳴つてをり」とあるので、電話は何度もかかってきているらしい。さらに書かれていないことまで、深読みすると、朝寝の人は遅刻常習犯で、待ち合わせにいつも遅れてくる人なのかなという気がしてくる。えーっと、それって、もう仙道なのでは……。
「朝寝」という言葉には「寝坊」にはない気持ち良さがある。「寝坊」は、起きるつもりがあるのにうっかり寝過ごしてしまうことだけれども、「朝寝」は自分の意志で遅くまで寝ていること。句会などで「朝寝」の句が出たときに「朝寝と寝坊は違うからね」とは、よく言われることでもある。また、私は、朝寝による失敗は許されやすいという不思議な明るさがあるようにも思っていて、それに似た気持ち良さを仙道の中にも感じている。
仙道は、湘北高校と陵南高校の練習試合の日に遅刻してきて、遅れた理由を「寝坊です」と言っている(新装再編版3巻52ページ)。けれど、本当は「寝坊」ではなく「朝寝」ではないだろうか。私の脳内では、仙道が、「まだあわてるような時間じゃない」と、言いながら目覚ましのアラームを止め、もう一度布団にもぐってゆく姿が浮かんでいる。
この句の作者は、高濱虚子の次女として生まれた星野立子。1938年出版のホトトギス同人句集によると、当時、立子は由比ヶ浜に住んでいた。仙道の通う陵南高校は、立子の住む由比ガ浜から、江ノ電で5駅分、約15分の距離である。
(岸田祐子)
【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。
【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。