恋ふる夜は瞳のごとく月ぬれて 成瀬正とし【季語=月(秋)】

恋ふる夜は瞳のごとくぬれて

成瀬正とし
(『星月夜』)

 作者は、国宝・犬山城の元城主であり、旧所有者であった成瀬正俊氏。尾張藩付家老・犬山藩主成瀬正成の末裔で、成瀬家12代当主にあたる。犬山城は、平成の世では唯一個人所有の城であり、その城主であった成瀬正俊氏は、最後の殿様でもあった。犬山城は、平成16年に財団法人の犬山城白帝文庫に移管された。愛知県犬山市初の名誉市民を贈られていた成瀬正俊氏が平成20年に78歳で死去した際には、市葬が営まれ、市民ら約330人が参列した。

 俳人としては高浜虚子に師事し、ホトトギスの同人であった。初期には「成瀬正とし」を名乗っていた。句集に『星月夜』(1961年)、『帰城』(1978年)、『正俊五百句』(1999年)がある。他、写生文集に『城影』1979年)、『とのさま俳話』(1992年)、『犬山城俳諧夢譚』(1997年)、『城を売る男』(1998年)などがある。

 犬山城は、昭和初期に文化財指定を受けており、見学も可能であった。予約が必要だったと記憶しているが、運が良ければお殿様御自らの解説を伺うことができた。俳句には、城主としての句も見える。

  城のこりさかえゆく町星月夜

  瓢の実を吹きて犬山城下かな

 成瀬家は、廃藩置県後、華族に列せられた。学習院大学に入学したのも、一族の意向があったのかもしれない。宮中行事を詠んだ句もまた殿様としての立場が伺える。

  宮様の春惜しまるる御姿

  ほほゑみて参賀の列の中にあり

  皇子の座の明るく講書始かな

 大学では文学部を専攻。古典の知識に彩られた詠みぶりが格調高く美しい。

夕顔を心に投げし扇かな

  火の島を沖に浮かめて桜貝

  狐火の燃えゐて遠野物語

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