愛人を水鳥にして帰るかな あざ蓉子【季語=水鳥(冬)】

愛人を水鳥にして帰るかな

あざ蓉子
(『猿楽』)

 作者は、昭和22年、熊本県生まれ。昭和54年、32歳の時、穴井太代表の「天籟通信」に入会し俳句を始める。平成2年、第22回九州俳句賞受賞。平成5年、攝津幸彦代表の「豈」、坪内稔典代表の「船団」に入会。平成9年、第37回熊日文学賞受賞。平成11年、51歳の時、「花組」を創刊し主宰。平成13年、句集『猿楽』にて第6回中新田俳句大賞スウェーデン賞受賞。平成14年、第57回現代俳句協会賞受賞。平成24年、玉名市草枕交流館館長に就任。現在は、病気療養中。句集に『夢数へ』(平成3年)、『ミロの島』(平成7年)、『猿楽』(平成12年)、『天気雨』(平成22年)、『風の声』(令和2年)がある。

 言葉のぶつかり合いから別の世界を立ち上げることを得意とする作家である。解釈が難しいけれども難解なわけではなく、感覚的に受け止めることのできる詩的な句を詠む。

  天上に火をつけにゆく蝸牛

  人間へ塩振るあそび桃の花

  百人が眉そつてゆく桜山

  恐竜のなかの夕焼け取りだしぬ

  黒日傘のままであった草原

  月の砂漠の劇場ほど泣きぬ

  体じゅう十月の魚図鑑

 分かったようで、よく考えると不可解となる世界は、迷路やパズルに似ていて冒険心をくすぐる。

  ざぶざぶと蝸牛の視力なり

  桔梗など兵隊ごっこ佳境なり

  夕焼は全裸となりし鉄路かな

  草原の雲混みあっている中華鍋

  春の暮どうしても耳みつからぬ

 分かりやすい句もあるのだが、異界と繋がっている感触を残す。

  遺されしものに首振る扇風機

  拭けばまた鏡のくもる桜桃忌

  星祭死者のこゑ売るレコード店

  枇杷の花水には水の水死体

  樟若葉父は厠へ行つたきり

  死後の水均らしてゐたり夕桜

 異界のものや異形のものは、思いついた言葉というよりは、常日頃意識している存在なのかもしれない。

  怨霊に肛門あるべし春の暮

  百物語から曼珠沙華一本抜いた

  公達のぞろぞろとゆく虫の籠

 あの世とこの世を行き来し、言葉と戯れる作者の句は、読者をわくわくさせる。江戸川乱歩の少年探偵団の一員にでもなった気分である。

  手枕は艪の音となる桜かな

  遠泳のあの冬晴れにぶらさがる

  退屈な茄子の体を洗おうか

  訳を話せばうさぎ百匹ふえた

  空蝉のなかは青空市場かな

  快晴の冬木少年探偵団

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