
とびつきり静かな朝や小鳥来る
西村麒麟
「言葉の壁」はどこにだってあるとつくづく思う。たとえば夫と私は同じ日本語を使っているはずだが話が全くかみ合わない。
「なんとなくこういう感じ?」をベースに生きるニュアンス人の私に対し、夫は目の前のことにまず論理が働く。彼はとくにその傾向が強く、周囲とあまりにも違うことに困難を抱き、対処法を見出すためにIQテストを受けてMENSA会員になったほどだ。
たとえば私が深く考えず「秋だなあ」と呟いた時、夫の頭の中では、「歳時記に親しんでいる人は秋というが、太平洋からの季節風の温度はまだ夏の値だ…さらに自分の経験に重ね合わせると周囲に出現している生物は…(以下略)」と論理スイッチが入っている。これは彼の言葉そのままではないが、強調するとこうなる。我が家はたまたま極端な例だが、どちらが正常、どちらが異常ではなく、人はもともと思考の守備範囲が違い、お互いの言葉に壁を感じながらも折り合いをつけているのだと思う。そして俳句の場合、その壁に詠み手と読み手がどう折り合いをつけるかが俳句の解釈となり面白みを生むのだ。
しかし時々、レーザービームのように余計な感情や理論も突き抜けてしまう句に出会う時がある。「とびつきり静かな朝や小鳥来る」はまさにそれ。「とびつきり静か」という言葉は、それこそニュアンスなのだが、この静かとは何デシベル?という疑問を生んだりしない。静けさの質そのものが、読む人の胸に直接届く。
「この句、どう思う?」 論理人間の夫に尋ねた。
「すごく静かな朝だったんだね。そこに小鳥がやって来た」
そのままの言葉が返ってきて、嬉しかった。
(西山ゆりこ)
【執筆者プロフィール】
西山ゆりこ(にしやま・ゆりこ)
1977年神奈川県生まれ。「駒草」同人。俳人協会会員。
第10回星野立子新人賞受賞。句集『ゴールデンウィーク』『錨(アンカー)』。

第10回星野立子新人賞を受賞した若手俳人による注目の第二句集!
◆自選10句
十代の首筋をもて海芋咲く
遠くより視線を戻す暑さかな
八月や果実のやうに嬰量る
バックネット裏の母達風光る
うれしげにさらはれてゆく村芝居
とんでくる拳のやうな寒さかな
白障子手紙の中のしづかなり
手を高くエスカレーターより御慶
寺山忌煙草のけむり無き街に
うつむくといふは鳥にも春惜しむ

20歳から俳句をはじめ、現在40歳。夢、希望、孤独、挫折をうたい、やがて母となりゆく作者。 俳人阿部みどり女の「写生に始まり、写生に終わる」の精神を受け継ぎながらも、その俳句は写生の域を超えてリアルな言葉で読者の胸に迫ってくる。女として、母として、自分を取り巻く世界をかくも生き生きとうたい上げ、感性を光らせる280句を収録。伝統に新風を吹き込む精鋭作家、待望の第一句集!