【連載】新しい短歌をさがして【12】服部崇


【連載】
新しい短歌をさがして
【12】

服部崇
(「心の花」同人)


毎月第1日曜日は、歌人・服部崇さんによる「新しい短歌をさがして」。アメリカ、フランス、京都そして台湾へと動きつづける崇さん。日本国内だけではなく、既存の形式にとらわれない世界各地の短歌に思いを馳せてゆく時評/エッセイです。


旅のうた

『本田稜歌集』(現代短歌文庫、砂子屋書房、2023)が出版された。同書によって本田稜のこれまでの歌集のエッセンスを読み返すことができた。同書は海外詠が本田稜の持ち味のひとつであることを再確認できる作りになっている。

第一歌集『蒼の重力』の「覚書」(2003年10月16日の日付が付されている)が再録されている。

自分自身を突き放し、普段とは違った環境に身を置く。日常生活における人間関係や利害関係から一時的に解き放たれ、精神的に裸になった状態で、本当の世界の姿を感じたいのだ。そのために条件が許す限り旅をしてきた。

    (中略)

今は時間的に長旅は出来ないが、さんざん浪費したおかげで、旅とは、西アフリカの歴史的都市であろうと一幅の水墨画であろうと、その対象を通して自分を見詰め直すことだという考えに至った。自分の内側に、如何に深く潜って元の地点に帰ってくるかで旅の価値は決まる。

   (後略)

世界を旅しながら作った海外詠の数々は第一歌集『蒼の重力』にとどまらずその後の歌集『游子』や『惑』、『六調』にも多く残されている。

今回、注目したのは旅で出会った動物を素材にした短歌である。まずは『蒼の重力』からいくつか紹介したい。

闘牛場に死にたる牛の黒点と光冠(コロナ)なす観客の歓声 

「光冠」の一連のなかの一首。「モニュメンタル闘牛場」との詞書がある。スペインのバルセロナにある闘牛場のことだと思われる。牛の死と歓声を上げる観客を詠った。

皇帝天使(エンペラーエンジェル)という別名をタテジマキンチャクダイは持つなり 

「水の(そら)」の一連のなかの一首。一連には「エイラット(イスラエル)」との詞書のある歌がある。紅海にてダイビングをしているときに出会った魚だと思われる。

ぬばたまの黒のみの海 電源を切れば消え去るホモサピエンス 

同じ一連にある一首。ホモサピエンスを取り上げている。

女なれば牛馬さへも拒む地に異教徒のわれ許可されて入る 

「アトス ハルキディキ半島(ギリシア)」の一連のなかの一首。女人禁制の地ということか。人でなく牛馬であっても入ることができないらしい。

天使・山羊・蝶・鸚鵡(あうむ)栗鼠(りす)(ひき)の名を持つ魚ら犇きて棲み分く 

「メヒコの青」の一連のなかの一首。「コスメル島」との詞書がある。メキシコのコスメルでのダイビングの際に詠ったようだ。

次に、『游子』より。

いつまでも動かぬリャマに近づけば雲の中から岩とケルンが 

「赤道アンデス」の一連のなかの一首。「Illiniza」との詞書がある。イリニザはエクアドルにあるアンデス山脈の山の一つである。

太陽は海を()れつつ溶岩がウミイグアナに変はりてゆくを 

「ガラパゴス」の一連のなかの一首。「Isla North Seymour」との詞書がある。ガラパゴス諸島の島の一つにウミイグアナをみつけた際の歌のようだ。

黒き山ながれきたりて目の前を牛の死骸がゆつたりとゆく

「南下」の一連のなかの一首。一連には「ヴァナラシ」との詞書のある一首もある。ガンジス川を牛の死骸が流れてゆくところを詠った。

蝈蝈儿(キリギリス)小さき容器に入れられて鳴くほかは無く鳴けば売れゆく 

「東方へ」の一連のなかの一首。「北京」との詞書がある。鳴けば売られてゆくキリギリスの悲哀を詠った。

最後に、『惑』より。

足早に雨後のジャングル突き抜けて靴に圧死の蛭つまみだす 

「グヌン・ムル」の一連のなかの一首。グヌン・ムル国立公園は、ボルネオ島のマレーシア領内にある自然公園。一日目。蛭のうた。

木から木へわが目の前を渡り行く紐がトビトカゲと気づくまで 

同じ一連のなかの一首。一日目。トビトカゲのうた。紐と見間違えていた模様。

おい俺を置いてくのかと大蛭が落ち葉の上で暴れてゐたり 

同じ一連のなかの一首。四日目。蛭のうた。

数十万頭の蝙蝠の竜ボルネオの黝き空(はら)に容るるを 

同じ一連のなかの一首。四日目。コウモリの群れ飛ぶ姿を竜に喩えている。洞窟のなかの情景を詠った。

他にもいくつか動物を素材とした歌が見られるが、この程度にしておく。旅において自らを見詰め直す際のきっかけとして眼前の動物たちは作歌にどれほどの貢献をしてきたのだろうか。

『六調(抄)』の海外詠からは動物を素材とした歌が見つけられなかった。これは本田稜の作歌姿勢に何かの変化が生じたためだろうか。興味深いところである。

『六調』のあとがき(2019年4月30日の日付がある)によると、『六調』は、『蒼の重力』、『游子』、『惑』に続く第四序数歌集だが、これまでの歌集の編年体を改め、主題ごとに歌をまとめた、とのことである。「I」の主題は「旅」である。

旅。出会いの連なり。旅の、空間を脱ぎ捨ててゆく感覚も堪らない。

と書かれている。本田稜は今後も旅を続けるのだろう。その際には、旅で出会う人たちだけでなく、動物たちのことも忘れないでほしい。


【今回紹介されている歌集はこちら↓】

目次

自撰歌集(『蒼の重力』(抄)
『游子』(抄)
『こどもたんか』(抄)
『惑』(抄)
『六調』(抄))
歌論・エッセイ(旅する短歌―『国際短歌 TANKA INTERNATIONAL』;樹間の径―一首目、結びの歌;豊かさの変遷)
解説

著者等紹介

本多稜[ホンダリョウ]
1967年、静岡県浜松市生まれ。歌誌「短歌人」編集委員。現代歌人協会会員。ロンドン・スクール・オブ・エコノミクス修士。1998年に第9回歌壇賞を受賞。歌集に、『蒼の重力』(本阿弥書店、2003年、第48回現代歌人協会賞)、『游子』(六花書林、2008年、第13回寺山修司短歌賞)など


【執筆者プロフィール】
服部崇(はっとり・たかし)
心の花」所属。居場所が定まらず、あちこちをふらふらしている。パリに住んでいたときには「パリ短歌クラブ」を発足させた。その後、東京、京都と居を移しつつも、2020年まで「パリ短歌」の編集を続けた。歌集『ドードー鳥の骨――巴里歌篇』(2017、ながらみ書房)、第二歌集『新しい生活様式』(2022、ながらみ書房)。

Twitter:@TakashiHattori0

挑発する知の第二歌集!

「栞」より

世界との接し方で言うと、没入し切らず、どこか醒めている。かといって冷笑的ではない。謎を含んだ孤独で内省的な知の手触りがある。 -谷岡亜紀

「新しい生活様式」が、服部さんを媒介として、短歌という詩型にどのように作用するのか注目したい。 -河野美砂子

服部の目が、観察する眼以上の、ユーモアや批評を含んだ挑発的なものであることが窺える。 -島田幸典


【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

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