葛の葉を黙読の目が追ひかける　鴇田智哉【季語＝葛（秋）】

2025.09.03
ハイクノミカタマンスリーゲスト

葛の葉を黙読の目が追ひかける

鴇田智哉

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本を読むことについては、熟語がたくさんある。思いついたまま挙げるだけでも、朗読、音読、精読、輪読などがある。そして、今までの人生で、これらの形態の多くに触れてきたなと思う。朗読は、CDを聞いたり、朗読会に行ったりして、作家の肉声に触れる経験をした。ポール・オースターの『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』のCDや村上春樹と川上未映子の「春のみみずく朗読会」がそうだ。朗読会では、自分が勝手に思い描いていた声と、実物の作家の声はまた少し異なっていて、それがかえって魅力的だった。特に村上春樹は、ずっと憧れていた作家だっただけに、聴衆の一人である私の方が緊張してしまったのを覚えている。他にも、音読は、子どものころに宿題として親に教科書の一部を読んで聞かせたりしたし、精読や輪読は、大学生のころ、一つのテクストを受講生たちで読んでいく中で体験した。

こんな風に、本を巡ってはさまざまな関わり方がある。けれど、私にとって最も身近なのは、やはり、声を出さずに読む「黙読」だ。日常生活で本と触れ合う場合、ほとんどこれをしている。家や電車などの読書、そして病院の待合室などで本を開くときなど。だから、掲出句〈葛の葉を黙読の目が追ひかける〉を知ったとき、中七の「黙読の目」にとても惹き付けられた。ああ、確かにこういうことってあるなとはっとしたのだ。文字を上から下へ追い、そして次の行に移り、また上から下へと追う、その繰り返し。その間は、とても静かであり、活字と自分だけの空間になる。ずっと身近にありながら、名前を持たなかった事柄に名前が与えられた瞬間だった。

そのような目が追うのが、「葛の葉」というのも、とても面白い。葛の葉は、マメ科の蔓性多年草で、木に絡んで繁茂する。そして、葉の裏は白みがかっている。「黙読」というと、室内のイメージが強いだけに、意外な組み合わせという感じがする。本から顔を上げた先の窓辺に、葛の葉が茂っていたのかもしれない。ただ、私は何となく屋外で葛の葉をまさに「黙読の目」をしながら見ているような気がした。そこには、室内のものを外に持ってきたことによる違和感が少しあって、心地いい。「黙読の目で」ではなく「黙読の目が」としているところも、その行為が作者本人から離れている感じがして、さらに不思議な味わいを醸しだしている。

と、ここまで私なりに書いてきたけれど、このような意味づけを必要としないところに、この句の本当の魅力があるような気がする。さまざまな意図や意味に疲れたときに、思い出したくなる一句だなと思う。

『凩と円柱』（2014）所収

（遠藤容代）

【執筆者プロフィール】
遠藤　容代　（えんどう　ひろよ）
1986年生まれ。「聲」・「天為」所属。句集に『明日の鞄』（ふらんす堂、2025年）。