ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ【季語=ゆく春(春)】

ゆく春や心に秘めて育つもの

松尾いはほまつおいわお


4月もそろそろ終わり。ほんの先日、桜の話をしたと思っていたのに、バスケ部が強い近所の高校もすっかり葉桜になってしまった。

試合をすれば、勝ったり負けたりがあるわけだけど、選手や監督はどういう気持ちでそれらを受け止めているのだろう。勝てば嬉しく、負ければ残念、あるいは悔しい気持ちになるだろうということくらいは想像できる。けれど、その経験が本質的にどういうものなのかを私はちゃんとはわかっていない。

ゆく春や心に秘めて育つもの

「ゆく春」とは、春がまさに尽きんとするときのこと。この季題は春が終わる頃のことを示す言葉で、春が行ってしまうことを惜しむ季題は「春惜む」としてホトトギス歳時記では別項となっているのだけれど、私は「ゆく春」にも惜しむ雰囲気を感じる。

少し話がそれるが、私の最も古い趣味は占いで、中でも西洋占星術、いわゆる星占いが一番長い。星占いの世界では、一つの考え方として、12星座の順番を人生の順番として扱うことがあって、春分の日を起点とした最初の星座、牡羊座を赤ちゃんとし、12番目の魚座を老人とする。星占い的な思考を取り入れると、春が終わるということは、赤ちゃんが初めて自分以外の世界を知る、一歩踏み出すという頃合いで、そう考えれば、ゆく春とは、何かが育つタイミングだ。

湘北高校と陵南高校の練習試合は、湘北高校の敗北で終わった。

試合後、陵南の田岡監督が、湘北のキャプテン、赤木に「たった1年で見違えるようなチームになったな」と声をかける姿や、「オレを倒すつもりなら……」「死ぬほど練習してこい!!」と告げられ、差し出された仙道の手を握り返す花道の姿に、「心に秘めて育つもの」を感じずにはいられない。そして、海が見える踏切を渡る湘北バスケ部員達たちの後姿に、今日の試合からそれぞれが受け取ったものを思った(新装再編版4巻243~247ページ)。

こんな風に解釈するのは、少しセンチメンタル過ぎるかなという気もする。けれど、この感傷は「ゆく春」が持っているもの、過ぎゆくものが持つある種の感慨だろう。

作者は松尾いはほまつおいわお。京都帝大医学部を卒業して、京都大学医学部の教授を務めた。この句は、『ホトトギス同人句集』をぱらぱら眺めていて偶然見つけた。明治生まれの大学教授の作品にスラムダン句があって嬉しい。

(岸田祐子)


【執筆者プロフィール】
岸田祐子(きしだ・ゆうこ)
「ホトトギス」同人。第20回日本伝統俳句協会新人賞受賞。


【岸田祐子のバックナンバー】
〔1〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔2〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔3〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子


◆映画版も大ヒットしたバスケットボール漫画の金字塔『SLAM DUNK』。連載当時に発売された通常版(全31巻)のほか、2001年3月から順次発売された「完全版」(全24巻)、2018年に発売された「新装再編版」(全20巻)があります。管理人の推しは、神宗一郎。



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