神の旅耳にあかるき風過ぎて 中西亮太【季語=神の旅(冬)】

神の旅耳にあかるき風過ぎて

中西亮太


初冬の〈あかるき風〉を、耳が捉えている。
その研ぎ澄まされた感覚に、一読してとても驚いた。驚いただけではなく、「なるほど」と思わせてくれる強さや確かさがあるのが、この句のすごいところだと思う。

〈神の旅〉とは、陰暦十月、諸国の神々が出雲大社へ集まるために“旅”をすること。
ほんとうに不思議な季語だなあと、ずっと思っている。
俳句をはじめたばかりのころ、〈神の旅〉の実感値はもちろんゼロに等しかったが、いくつかの名句に出会うたびに、この季語に対する実感や感慨のようなものが蓄積されていくのがおもしろかった。

神の旅耳にあかるき風過ぎて 中西亮太

冬のはじめの、いつもとは少し違う空気感。耳を掠める、初冬の風の冷たさにハッと気づくあの感じだ。
下五を〈過ぎて〉とむすぶことで、どこかから来て、現在地を経てさらに目的地へ向かっていく〈あかるき風〉の在処と経過と、進路のような見えない線も思わせてくれる。

明るさを感じるのは、視覚だけではない。
私が掲句を読んだときに思ったのは、目を閉じていても外の眩しさがわかるような、体全体、脳まるごとで光に触れているあの感覚。
一句の真ん中で〈あかるき〉とやさしくひらいたことで、物理的な明度ではない、もう少しだけ抽象的な「あかるさ」が存在するのでは、と思わせてくれた。

視覚を通して直接的に人体に入り込んでくる光ではなく、何かの気配のようなものを纏った、少しばかり不確かな光。それももしかしたら、そもそも光でもないかもしれないが、その不確かさのまま体のそばを通り過ぎていく。

掲句はそれを、〈耳〉で捉えたところがどこまでも巧みだ。
あかるき風を、少し冷たく感じさせてくれたのが〈耳〉だというのだ。音を捉えるはずの耳が、光と風を捉えている。

〈耳〉という部位に初冬らしさを感じ、〈過ぎて〉という表現に旅らしさを感じる。
耳と冬と冷、神と風と光。つながりそうでつながらないものを、細い糸でかすかに結んでくれたことが、実態のない風景に「ああ、なるほど」と思わせてくれる強さに変わった。

あたりまえだが、〈神の旅〉は目には見えない。
でもその〈神の旅〉を感じようとしている、捉えようとしているひとにしかやってこない、〈あかるき風〉がここにあるのだろう。

中西亮太さんの第一句集『木賊抄』。
タイトルからして痺れるのだが、その木賊句をはじめ、静かにハッとさせてくれる名句ぞろいだ。挙げるときりがないが、好きな句をいくつか。

おでん屋の小さくなつて仕込みをり 中西亮太
冬暦うすくなりけり犬を抱く 同
人肌の触れて離るる虫の闇 同
雪吊や一本道をゆづりあふ 同
うらがへるてんたう虫の腹黒し 同
伸びてゐる木賊と折れてゐる木賊 同
雪沓の誰か揃へてくれてあり 同
跳び箱の着地やはらか冬日和 同
小鳥の巣きれいに古りてゆきにけり 同
ささくれのキンとめくれて立夏かな 同
秋の蚊の志なく飛びゆけり 同

中西亮太さんが『木賊抄』で先日、「第39回 北海道新聞俳句賞」を受賞されたとの知らせを聞いた。
今年、「第7回俳句四季新人奨励賞」も受賞された中西さん。
今後もますますのご活躍を期待しています。おめでとうございます。

神の旅耳にあかるき風過ぎて 中西亮太
句集『木賊抄』所収。

後藤麻衣子


【執筆者プロフィール】
後藤麻衣子(ごとう・まいこ)
2020年より「蒼海俳句会」に所属。現代俳句協会会員。「全国俳誌協会 第4回新人賞 特別賞」受賞。俳句と文具が好きすぎて、俳句のための文具ブランド「句具」を2020年に立ち上げる。文具の企画・販売のほか、句具として俳句アンソロジー「句具ネプリ」の発行、誰でも参加できるWeb句会「句具句会」の開催、ワークショップの講師としても活動。三菱鉛筆オンラインレッスン「Lakit」クリエイター。
2024年より俳句作品を日本語カリグラフィーで描く「俳句カリグラフィー」を、《編む》名義でスタートし、haiku&calligraphy ZINE『編む vol.1』を発行。俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
デザイン会社「株式会社COMULA」コピーライター、編集者。1983年、岐阜生まれ。

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2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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