かたつむり会社黙つて休みけり 加藤静夫【季語=かたつむり(夏)】

かたつむり会社黙つて休みけり

加藤静夫
はしづめきょらい

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なぜかかたつむりが好きだ。寡黙でユーモラスでゆったりしていて。私が梅雨の時期の生まれだからか余計にかわいく思えてしまう。角川俳句大歳時記(夏)の「蝸牛」のページを繰ってみたら、例句の多いこと多いこと。贔屓にしているのは私だけではなかったらしい。そんな思い入れのあるかたつむりなのに、私はかたつむりを使った満足な句を作れたことがない。

掲句の作者もそんなかたつむり贔屓派だろうか。会社をずる休みしてしまった日。何か嫌なことでもあって出社出来なかったのだろうか。暗い気持ちと、ずる休みの罪悪感を誰にも話せずに過ごす一日。そんな時、ふと見ると、近くの塀にかたつむりがいる。かたつむりにだけは秘密を話しても良いような気がする。かたつむりは、秘密を誰にも漏らすことなくこんな風に言ってくれる、「ゆっくりでいいよ」と。

数年前のある日、娘が公園でかたつむりを見つけた。晴れた日で、身を殻にしまっている小さな小さなかたつむりだった。娘は家に持って帰った後、案の定ほったらかしで、その後私が虫篭に入れて、せっせとキャベツをあげてお世話した。2年以上生きて、ずいぶんと大きくなっていたが、ある時、何日間かよく見ていなかったら亡くなっていた。寿命だったのか、私のお世話不足だったのかはわからない。元々眠っているようなかたつむりはそのまま眠るように死んでしまった。いなくなってしまって、残念で寂しかった。

ゆったりと、淡々と、騒がずに、出しゃばらずに。私たちがかたつむりを好きなのは、きっと自身がなりたい姿をかたつむりに投影しているからだろう。

もう一つ、かたつむりを詠んだ大好きな句がある。

かたつむり紅葉の中に老いにけり 大串章

私も、こんなかたつむりの句を詠みたいし、かたつむりになりたい。

柴田麻美子


【執筆者プロフィール】
柴田麻美子(しばた・まみこ)
1979年生まれ
2010年「鬼」入会、以後復本一郎に師事。
2011年「鬼」新人賞
2022年「阿」入会
2024年より「阿」編集長



【2025年7月のハイクノミカタ】
〔7月1日〕どこまでもこの世なりけり舟遊び 川崎雅子
〔7月2日〕全員サングラス全員初対面 西生ゆかり
〔7月3日〕合歓の花ゆふぐれ僕が僕を泣かす 若林哲哉
〔7月4日〕明日のなきかに短夜を使ひけり 田畑美穂女
〔7月5日〕はらはらと水ふり落とし滝聳ゆ 桐山太志
〔7月6日〕あじさいの枯れとひとつにし秋へと入る 平田修
〔7月7日〕遠縁のをんなのやうな草いきれ 長谷川双魚
〔7月8日〕夏の風子の手吊環にとどきたる 大井雅人

【2025年6月のハイクノミカタ】
〔6月3日〕汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ 楠本奇蹄
〔6月4日〕香水の中よりとどめさす言葉 檜紀代
〔6月5日〕蛇は全長以外なにももたない 中内火星
〔6月6日〕白衣より夕顔の花なほ白し 小松月尚
〔6月7日〕かきつばた日本語は舌なまけゐる 角谷昌子
〔6月8日〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
〔6月9日〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
〔6月10日〕銀紙をめくる長女の夏野がある 楠本奇蹄
〔6月11日〕触れあって無傷でいたいさくらんぼ 田邊香代子
〔6月12日〕檸檬温室夜も輝いて地中海 青木ともじ
〔6月13日〕滅却をする心頭のあり涼し 後藤比奈夫
〔6月14日〕夏の暮タイムマシンのあれば乗る 南十二国
〔6月15日〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
〔6月16日〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
〔6月17日〕混ぜて扇いで酢飯かがやく夏はじめ 越智友亮
〔6月18日〕動くたび干梅匂う夜の家 鈴木六林男
〔6月19日〕ゆがんでゆく母語 手にとるものを、花を、だっけ おおにしなお
〔6月20日〕暑き日のたゞ五分間十分間 高野素十
〔6月21日〕菖蒲園こんな地図でも辿り着き 西村麒麟
〔6月22日〕葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
〔6月24日〕レッツカラオケ句会
〔6月25日〕ソーダ水いつでも恥ずかしいブルー 池田澄子
〔6月26日〕肉として何度も夏至を繰り返す 上野葉月
〔6月27日〕夏めくや海へ向く窓うち開き 成瀬正俊
〔6月28日〕夏蝶や覆ひ被さる木々を抜け 潮見悠
〔6月29日〕夕日へとふいとかけ出す青虫でいたり 平田修
〔6月30日〕おやすみ

【2025年5月のハイクノミカタ】
〔5月1日〕天国は歴史ある国しやぼんだま 島田道峻
〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花
〔5月7日〕日本の苺ショートを恋しかる 長嶋有
〔5月8日〕おやすみ
〔5月9日〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔5月10日〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
〔5月11日〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
〔5月12日〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
〔5月13日〕姥捨つるたびに螢の指得るも 田中目八
〔5月14日〕青梅の最も青き時の旅 細見綾子
〔5月15日〕萬緑や死は一弾を以て足る 上田五千石
〔5月16日〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔5月17日〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
〔5月18日〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
〔5月19日〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
〔5月20日〕汗疹とは治せる病平城京 井口可奈
〔5月21日〕帰省せりシチューで米を食ふ家に 山本たくみ
〔5月22日〕胸指して此処と言ひけり青嵐 藤井あかり
〔5月23日〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔5月24日〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
〔5月25日〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
〔5月26日〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
〔5月27日〕ソフトクリーム一緒に死んでくれますやうに 垂水文弥
〔5月28日〕蝶よ旅は車体を擦つてもつづく 大塚凱
〔5月29日〕ひるがほや死はただ真白な未来 奥坂まや
〔5月30日〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二

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