コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで
古屋翠渓
異国の土地をじっと見つめるたび、それを俳句で書くことのむずかしさに気づく。たとえば日本語でどんな曲芸をしようとも、漢字とひらがなのコラボレーションによる表記は極東の小国であるその血筋を隠せない。文字というのは風土を描くまでもなくそれ自体が風土なのだ。
とはいえ外国に暮らす俳人はそれぞれに創意工夫して、異国の土地に日本語の鍬を入れようと試みるし、ハワイと自由律俳句との関係もそうした文脈で語ることができる。
コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで 古屋翠渓
句集『流転』より1940年冬の作。ハットハウスは温室のこと。これを読んでなにを思うかは各自いろいろだろうが、わたしは何をおいても「すっごい片岡義男じゃんこれ!!!」と叫びたい。
たぶん掲句の旋律とリズムは、ハワイの風土に日本語の鍬を入れたときの一つの解なのだと思う。で、勘が悪くて平生なかなか解を見つけられないわたしは、古屋翠渓が一発でこの句のかたちに辿りついたのか気になって、類句がないか戦前の邦字新聞をひっくりかえし、片っ端から文芸欄をさがしてみた。すると1933年11月25日号『日布時事』に〈コフィー沸くをハタ・ハウスの青さにひたり/古屋翠渓〉という句があり、これを推敲したものが掲句であるらしいことが判明した。うんうん、〈コフィー沸くをハタ・ハウスの青さにひたり〉より〈コーヒー沸く香りの朝はハットハウスの青さで〉の方がずっとハワイっぽい(というか片岡義男っぽい)よね。もういっこ、ハワイっぽい(というか片岡義男っぽい)句を引用する。
よい凪の海へスピードをかける 古屋翠渓
古屋翠渓は1889年山梨県生まれ。18歳でハワイに移住し、プランテーションと店舗で5年間働いたのち、1919年から1963年まで家具店を経営、ホノルル日本人商人同志会、布哇日系人連合協会、カリヒ教育財団などさまざまな組織の設立・運営にたずさわった。1941年12月7日から4年間は本土の収容所を転々とし、その日々を綴った著書『配所転々』は英語版も刊行されている。
(小津夜景)
【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」
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