中村雅樹
『橋本鷄二の百句』
ふらんす堂刊(2020年)
句集を読み進めていてたまにあるのは、冒頭の句群が素晴らしかったのに途中でパタッと魅力がなくなってしまうこと。付箋が前半に集中するパターンだ。しかし本書はそのときめきが最後までとまらなかった。
ふらんす堂の名人百句シリーズには毎回違う感動がある。解説文がもう文学となっているもの、著者と作者の関係が熱く胸に迫ってくるもの、選に新鮮な発見があるものなど。個人的には何度も読み返しているものもある。
『橋本鷄二の百句』は選句にも解説にも感動したのだが、一番は橋本鷄二という俳人と出会うきっかけを作ってくれたことに感謝したい。恥ずかしながら鷄二の作品はこれまで歳時記などでぽつぽつと見かけ「知っている」というレベル。まとまった形で読むことがなかった。
橋本鷄二(1907-1990)は三重県伊賀市(旧上野市)に生まれる。高浜虚子に師事し、「ホトトギス」同人となった。1957(昭和32)年「年輪」を創刊主宰。
以下、句と解説をひきつつ紹介していく。
鳥のうちの鷹に生れし汝かな
鷹の秀句を多く残し、「鷹の鷄二」と呼ばれた彼の代表となる一句。「ホトトギス」の巻頭を得た。著者はこの句が作られた背景が戦時中であったという作者の証言を引いて鑑賞に奥行きを与えている。
火になりし蔓を外して榾燃ゆる
「『火になりし蔓を外して』に作者の心が入っており、『感じのはたらき』がある」と著者は説く。第二章の作家論「写生とは何かー橋本鷄二の場合―」でいくつかの角度から鷄二の写生論が展開されていてどれも納得の内容なのだが、この句に対する「感じのはたらき」という評は鷄二の魅力を存分に受け取るきっかけのひとつとなった。言葉を用いて心象を具象化するということ。それらしいちょうど良いものを見つけたというようなアプローチではなく、心の目を開いて対象の本質に迫ることでしか到達しえない境地である。
焼藷の皮しなしなとたたみけり
「しなしなと」というオノマトペで質感がありありと再現され、ちょっとした発見の域を飛び出している。この句への著者の「油断のならない鷄二」という言い回しにも愛がある。
「生」を写した写生の世界を存分に味わっていただきたい。
(吉田林檎)
【林檎の本 #2】
中村雅樹『橋本鷄二の百句』 ふらんす堂、2020年
著者:中村雅樹 1948(昭和23)年生まれ。「晨」代表。昭和62年宇佐美魚目に師事。「晨」に入会。平成11年大串章に師事、「百鳥」入会。平成24年『俳人 橋本鶏二』にて第27回俳人協会評論賞受賞。平成30年「百鳥」退会、令和元年「晨」代表。句集に『果断』『解纜』。評論として『ホトトギスの俳人たち』。
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】
【吉田林檎のバックナンバー】
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>>〔153〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
>>〔152〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
>>〔151〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
>>〔150〕山鳩の低音開く朝霞 高橋透水
>>〔149〕蝌蚪一つ落花を押して泳ぐあり 野村泊月
>>〔148〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
>>〔147〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
>>〔146〕【林檎の本#2】常見陽平『50代上等! 理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』(平凡社新書)
>>〔145〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
>>〔144〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
>>〔143〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
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>>〔138〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助
>>〔130〕かくしごと二つ三つありおでん煮る 常原拓
>>〔129〕〔林檎の本#1〕木﨑賢治『プロデュースの基本』
>>〔128〕鯛焼や雨の端から晴れてゆく 小川楓子
>>〔127〕茅枯れてみづがき山は蒼天に入る 前田普羅
>>〔126〕落葉道黙をもて人黙らしむ 藤井あかり
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>>〔123〕ついそこと言うてどこまで鰯雲 宇多喜代子
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