
ドッジボールずどんとバレンタインの日
なつはづき
小学三年生の時だったと思う。1年間、担任の先生の意向で毎朝8:00(もっと早かったかも?)に登校してクラス全員でドッジボールをやっていた。有志ならともかく全員で、というのは今ならクレームの対象になるだろうし、先生も来るのは大変だったはずである。それでも何の疑問を抱かず、言われるがまま1年間それをやり続けた。
当時、それに対して不満を言う生徒はいなかった。毎日早起きするのは大変だったが、始まってしまえばドッジボールそのものをただただ楽しむだけだった。私自身それほどの強者ではなかったが、逃げるばかりではなかったと記憶している。
なぜ続いたのか。子どもだったことと純粋に楽しかったことに加え、誰も「こんなのはおかしい」「もうイヤだ」という人がいなかったからだと思っている。それを言い出す人がいたら「そういえばどうしてこんなことをしなければならないのだろう?」という方向に考えが引っ張られていたに違いない。ネガティブ思考のパワーは平常心をたやすく呑み込んでしまう。
ドッジボールずどんとバレンタインの日
バレンタインの日はまるで女の子がみんな告白しなければならないような強迫観念があり、自分が当事者の頃はあまり好きなイベントではなく、どちらかといえば周囲が盛り上がっているのを見るのが楽しかった。おや?もしかして今も私って当事者?
そもそも「この日は特別に女の子から」という日が設定されるということは日頃は男性から告白するのが当たり前だから。この考え方はいつまで踏襲されていくのだろうか。
バレンタインの日。チョコレートの代わりに受け取ったのはドッジボールの豪速球だった。チョコレートをもらうより、「好きだ」と言われるよりも体に直接働きかけてくる。
この設定は性別を超えている。ドッジボールを投げるのも受け取るのも、男女どちらでも成立する。前提としてはそうなのだけど、この句を最も味わうにはどんな設定がはまるのか。もう一歩踏み込んだ鑑賞をしたい。
バレンタインデーのその日も業間休み*はクラスのみんなでドッジボールをしている。逃げてばかりではダメだ。投げる力の強い敵チームのエースからのボールを今日は受け取ってみた。成功!腹にずどんと刺激が伝わる。痛みよりも達成感の方が勝つ。受け取ったボールはパスしたりせず、自分の手で攻撃の一球を投げ返すのだ。はからずも、受け取ったそのボールを投げたのは今日チョコレートをあげようとしていた相手。ボール以上の何かを受け取ることができたような気がする。放課後にはチョコレートをしっかりと受け取ってもらうのだ。
※業間休み…2時間目と3時間めの間の20分ほどの休み。「20分休み」「中休み」など呼び名に地域差がある。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
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