【秋の季語】夜長

【秋の季語=三秋(8〜10月)】夜長

「秋の夜長」とは、人口に膾炙したフレーズですが、俳句における「夜長」は、夏の「短夜」、春の「日永」、冬の「短日」と四対になっている季語です。歳時記などでは「三秋」となっていますが、定義上からいっても「秋分の日」を過ぎたあと、つまり9月下旬から10月にかけての秋の深まりを感じさせることば。

「夜長(よなが)」か「長き夜(ながきよ)」と読ませるのが一般的ですが、「夜(よる)長し」と引き伸ばしてみたり、「長き夜(ながきよる)」と5音で読ませることもあり(後者は邪道という意見も)。


【夜長(上五)】
夜永さに筆とる旅の覚書 几菫
夜長の屍全き母のすがたして 成田千空
わが夜長妻の夜長の灯一つ  上村占魚

【夜長(中七)】
何笑ふ声ぞ夜長の台所 正岡子規
かの窓のかの夜長星ひかりいづ 芝不器男
襖絵の鴉夜長を躍り居る 原石鼎
よそに鳴る夜長の時計数へけり  杉田久女
いちまいの壁の夜長のあるがまま 長谷川素逝
妻がゐて夜長を言へりさう思ふ 森澄雄
妻が書く夜長まかせの文長き 林翔
絶景でありぬ夜長の箸・茶碗 渋川京子
ブイヨンに浮かぶ夜長の油の輪 月野ぽぽな

【夜長(下五)】
鐘の音の輪をなして来る夜長かな  正岡子規
人間に寝る楽しみの夜長かな 青木月斗
ふと火事に起きて物食ふ夜長哉 巌谷小波
あすといふ日のたのめなき夜長かな 久保田万太郎
うきぐもの雨こぼし去る夜長かな 久保田万太郎
にせものときまりし壺の夜長かな 木下夕爾
一対の男女にすぎぬ夜長かな 加藤郁乎
酒断って知る桎梏のごとき夜長 楠本憲吉
向ひ家に魚もたらせし夜長かな 波多野爽波
みちのくの頭良くなる湯に夜長 大野林火
老人の家のさびしい夜長かな 今井杏太郎
寝るだけの家に夜長の無かりけり 松崎鉄之介
仕切り直して蠅虎も夜長なり 倉橋羊村
パリ夜長シヤンペン抜きて杯上げて 稲畑汀子
イヨマンテ北の夜長を熱唱す 星野椿
虫偏の漢字とあそぶ夜長かな 村上喜代子
ルーブルを出でてセーヌの夜長かな 落合水尾
常世なる長鳴鶏の夜長かな 長谷川櫂
それぞれの部屋にこもりて夜長かな 片山由美子
ひとりづつ立てば独白夜長劇 上田日差子
子の問ひの宇宙に及ぶ夜長かな 明隅礼子
哀しみのかたちに猫を抱く夜長 日下野由季
寝ようかと思うてすごす夜長かな 若杉朋哉
ソファー生地森の色なる夜長かな 神野紗希

【夜の長し】
裏山の峯に灯のある夜の長き 内田百間
それぞれの部屋にこもりて夜の長き 片山由美子
籠の日に蜆詰まりて夜の長き 岸本尚毅
テーブルがただ大きくて夜の長し 杉浦圭祐

【夜(よる)長し】
狂女なりしを召使はれて夜長し 平畑静塔
声に出て夜の長さの睫毛にも 野澤節子

【夜長人】
夜長人耶蘇をけなして帰りけり 前田普羅
われに貸す本抱へ来よ夜長人 杉田久女
一諾を得て帰り行く夜長人 志田素琴
夜長びと濤のごとくに菊づくり 宇佐美魚目

【夜長酒】
山風は山にかへりぬ夜長酒 上田五千石


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