雪折を振り返ることしかできず 瀬間陽子【季語=雪折(冬)】


雪折を振り返ることしかできず)

(瀬間陽子

昨日は東京にも雪が降った。そして雷も。

掲句は、昨年の秋に刊行された瀬間陽子さんの第一句集『新潮文庫の栞紐』より。

見ための美しさとは違い、雪は積もると本当に重いし、危険も伴う。昨日も傘に降り積もる雪が重くて少し怖くなった。

作者は雪折の音を聞いて、雪折に気づき振り返ったのだろうか。雪で折れてしまった木の凄まじさを思いつつも、何をする訳でもなくまた歩きはじめる。

痛みに対して何もできないことへの痛み。
そしてまたいつもの日常へと戻ってゆくことへの苦み。

何よりも時間は直線的であることを切実に思わされる句だ。

自然に限らず、自分の力だけではどうしようもないことは突然起きる。
人との別れもそうだろう。

雪折のことを書いているけれど、雪折以外のことも書かれているような句であり、『新潮文庫の栞紐』はそういった痛みや違和感を抱えてきた人の句集だと思った。

遠廻りしてきた匂い春の鹿 

春の鹿が実際に遠廻りしてきたわけではなく、遠廻りしてきたような匂いだと思ったのだろう。春の鹿の気怠さは確かにそんな雰囲気を纏っている。

鹿独特の生臭い匂いは決して良い匂いとは言えないかもしれないが、遠廻りすることでたくさんの物を見て感じることができるように、肯定的にその匂いを受け入れている。

天道虫とわたしの裏側が似ている 

天道虫の鮮やかな翅ばかりに目がいきがちであるが、ひっくりかえすと寂しくも情けなくもある天道虫の裏側。それを自分の裏側に似ているという作者。把握の仕方が大胆で独特だが、誰もが内側に持っている寂しさが描かれている。

『新潮文庫の栞紐』というちょっと変わったタイトルの句集は、常に独自の感覚と言葉で世界を掴みとろうとしている。

その世界は少しだけさみしくてほろ苦さもあるけれど、全身全霊で生きて、書いてきたことがひしと伝わってくる句集だ。

恋人は飛魚のような靴で来る

山岸由佳


【執筆者プロフィール】
山岸由佳(やまぎし・ゆか)
炎環」同人・「豆の木」参加
第33回現代俳句新人賞。第一句集『丈夫な紙』
Website 「とれもろ」https://toremoro.sakura.ne.jp/


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