草も木も人も吹かれてゐて涼し
日下野由季
心地いい夏の風が止まない「そこ」にあるのは、「草」と「木」と「人」だけ。
句のなかに「人」が入っているところがポイントで、もし「草木が風に吹かれている」だけならば、あたりまえのことにすぎない。いいかえれば、ここでの「人」はまるで「草木のようだ」という比喩の操作が、隠されている。
そうすると、ここでの「人」は人間世界での「いざこざ」や「ごたごた」など、すっかり忘れてしまっているようにも思えてきて、いっそう「涼し」く感じられる。そう、人間の世界は面倒なことに、時として「べたべた」していたり、「ずるずる」だったりする。
裏読みすれば、きっと作者像はけっして楽観的な人物ではなく、むしろ悩みを抱え込んでしまうタイプ。悩みやすい性格のすべての読者にとっても、清涼剤のような一句となっている。
草原のようなところに、ただただ気持ちの良い風が吹き抜けてゆく。風に身を預けて、余計なことを考えずにすむ。日々の忙しい生活を送っていると、ついつい忘れてしまうような感覚だ。ユートピア的とさえいえるかもしれない。
『馥郁』(2018)所収。
(堀切克洋)
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】