【書評】仙田洋子 第4句集『はばたき』(角川書店、2019年)

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 〈はばたき〉の対義語とは何か。〈はばたき〉は、空へと飛び去ることであり、ある場所を離れることだ。つまり、生の充溢であると同時に、死の空虚でもある。

 ということは、〈はばたき〉の対義語は、自分の身体から何かを離さずにおくことだ。作者の作品で最もよく知られている〈冬銀河かくもしづかに子の宿る〉に即していえば、自身に宿った胎児そのものが〈はばたき〉の対極にある。句集『はばたき』でも、その子供の成長がひとつの力線となっている。

  子はいつか離るるといふ鳥雲に
  子の沈みさうな夏野や子の手引く
  水泳の子の男めくさびしさよ
  声変りせし子と食へり牡丹鍋

 胸に抱かれていた赤子は、いつしか男の子となり、そして少年となっていく。その母親としての一抹の淋しさが、この句集では包み隠さずに描かれている。しかし、それは単なる生命讃歌ではない。得体のしれぬ異界へと連れていかれそうなおそろしさもまた垣間見える。

 その一方で、四〇代を生きる作者にはまたべつの〈はばたき〉が迫ってくる。それは、両親の老いである。

  鳥雲に母おとろふるはやさかな
  螢火や余命をかぞへゐたる母
  綿虫と母とはにかみあふやうに

 ここでも「鳥雲に入る」という〈はばたき〉そのものである季語とともに、否応なく流れつづける時間の残酷さが、ある種のセンチメンタリズムを通じて描かれている。とはいえ、ただ感傷的なだけではない。句集の末尾には〈年寄の日のちちははのえらさうに〉という句が配され、老いというテーマは「えらさう」というユーモアによって反転させられてもいる。

 第七章では、突然の悲しみが襲ってくる。あとがきによれば、親友がクモ膜下出血で急逝したという。死んだものは、重力を肉体全体で受けることを余儀なくされ、もはや〈はばたく〉ことを許されない。ここでの作者は、他界した親友に蕩々と語りかけるように饒舌である。とくに次の三句目は忘れられない一句だ。

  友よかの世の空も夕焼けてゐますか
  苧殻焚く怖ろしきほど月白く
  初明り死にたての死者手を挙げよ

 二〇一一年、折しも東日本大震災が起こった年のことだ。誤解のないように書き添えておくと、彼女の死は震災とは直接的には関係がない。また、この句集のなかに、明示的な震災詠と思われる句は収録されていない。

 だが、友人の死を通じて、突然の悲劇がもたらすやりきれない思いを作者が句に描こうとするとき、結果的に震災における二万人の個別の死をも内含しつつ、あらゆる離別の悲しみを詠っているようにも映る。「死にたての死者」というのは、彼女の親友のことであり、また震災をきっかけにこの世を去ることになったひとりひとりのことでもあるだろう。

 この第四句集には、二〇〇五年から二〇一二年までの句が収録されているが、社会的に見れば二〇〇五年は、戦後六〇年を迎えて、初の戦後生まれの総理大臣が「戦後レジームからの脱却」を唱えることになった時期だ。右派の言論のなかでは、歴史修正主義な言説が一定の力を占めるようになったいま、社会全体として「戦後」をどのように捉え直していくかは、きわめて重要な課題である。

  秋の暮なにがあやまちだつたのか
  原爆忌誰もあやまつてはくれず
  夏蝶もみんな孤独死ではないか

 三橋敏雄が〈あやまちはくりかえします秋の暮〉と詠んだのは、昭和が終わるころだった。この句は、広島の平和記念公園の碑に「繰り返しません」と書いてあることを下敷きにしているので、「あやまち」が先の戦争のことを示しているのは自明である。しかし「なにがあやまちだつたのか」と問うならば、その答えはけっして明らかではない。決められた答えがあるわけではなく、議論をゼロから積み重ねて、私たちひとりひとりが、これから改めて作っていくべきものだろう。

 加えて同時期には、個人消費という観点から見れば、経済停滞はつづいて国内では格差が拡大していった。地縁や血縁から絶たれ、「孤独死」が見つかるケースもあるだろう。右の「夏蝶」の句は、そのような社会状況に即して、まずは読まれるべきである。

 なお、本句集に収録されてはいないが、のちに仙田が俳句総合誌に「戦後七十年」と題された句を発表していることは、ここで銘記しておいてもよい(「俳句」平成二十七年十一月号、三十八−四十一頁)。

  扇風機まはる昭和が遠くなる
  草笛や一瞬にして晩年へ
  老人の日のちちははに疲れけり

 「昭和が遠くなる」のは、たとえば戦争経験者がどんどん亡くなっていく事態を指している。私たちが脱却しなければならないのは、このような経験主義だ。そのひとつの答えが二句目である。これが、息子の成長を一種の感傷を伴って詠みつづけている作者の句とわかれば、爆撃によって「一瞬にして晩年へ」行ってしまった少年の面影や無念は、眼前に生きているわが子の姿と向き合う二枚の鏡のように映ることだろう。両親には、戦前・戦後を生き抜いたしぶとさのようなものがあり、「えらさうに」を通り越した「疲れけり」という諦めがまたユーモラスだ。

 経験を詠むことは、俳句のひとつの方法である。しかし、それはあくまでひとつの方法にすぎない。仙田洋子の「空想趣味」は、自分の手によっては変えることのできない現実をユーモアによって相対化させる力を秘めている。

  恋猫にシャネルの五番かけてやる
  おそろしきドストエフスキーの初笑
  雪螢ならてのひらを差し出すよ
  狐火にそんなについてこられても

 もちろん実際に起こったことではないが、どの句も季語の本意を正面から捉えつつ、歳時記という文学的虚構のなかにわが身を置いて遊んでいると言っていい。

  やはらかく書くよくさもちさくらもち
  やはらかきやまとの紙やはるうれひ
  もそつと近くもそつと近く狐火よ

このような句で作者が遊んでいるのは、言葉の質感だ。「くさもち・さくらもち」という柔和な響きの脚韻、「やはらかき・やまとの」というきりりとした頭韻はともに表面上の意味を超えたリズムの楽しさがある。ひらがな主体の文字選びでありかつ、春の小川のように、心地いい音の流れがあると言ってもいい。三句目の「狐火」は、空想の季題をあたかも現実に見てきたかのように、「もそつと」(もうちょっと)という副詞によって、水木しげるの漫画に出てきそうなキャラクターに仕上げている。

 仙田洋子の第四句集には、海外詠は含まれていない。あくまで自身の生活圏のなかの変化を、昆虫や鳥などの身近な季語に即して謳いつづけている。人間の生死や戦争にかかわるモティーフの句群は、歳時記のフィクション性や日本語の質感と戯れる軽妙な句群と交わりながら、一冊の句集に心地よい浮遊感、こう言ってよければ、一種の〈はばたき〉感を与えているようだ。

【執筆者プロフィール】
堀切克洋(ほりきり・かつひろ)
1983年生まれ。「銀漢」同人。第一句集『尺蠖の道』にて、第42回俳人協会新人賞。第21回山本健吉評論賞。

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