【連載】歳時記のトリセツ(9)/干場達矢さん


【リレー連載】
歳時記のトリセツ(9)/干場達矢さん


今年2022年、圧倒的な季語数・例句数を誇る俳句歳時記の最高峰『新版 角川俳句大歳時記』が15年ぶりの大改訂! そんなわけで、このコーナーでは、現役ベテラン俳人のみなさんに、ふだん歳時記をどんなふうに使っているかを、おうかがいしちゃます。歳時記を使うときの心がけ、注意点、あるいは歳時記に対する注文や提言などなど……前回の池田澄子さんからのリレーで、第9回は「トイ」編集発行人を務める干場達矢さんです!


【ここまでのリレー】村上鞆彦さん橋本善夫さん鈴木牛後さん中西亮太さん対中いずみさん岡田由季さん大石雄鬼さん池田澄子さん→干場達矢さん


──初めて買った歳時記(季寄せ)は何ですか。いつ、どこで買いましたか?

歳時記は自分で買う前に、まず手元にありました。30年以上前に死んだ祖父の本棚にあった『合本 俳句歳時記 新版』(角川書店、25刷、1987年)です。見返し紙に「昭和63.1.4購入」と書き込みがされていますが、使った形跡はありません。買っただけでほったらかしにしてしまったのでしょう。

自分で買った最初の歳時記はiPhoneのアプリ『合本 俳句歳時記』(第4版、角川学芸出版)です。5年ほど前だったでしょうか。祖父の歳時記と同じ版元ですが、それは偶然です。

『合本 俳句歳時記 新版』(角川書店)

 

──現在、メインで使っている歳時記は何ですか?

卓上で主に使うのはカシオの電子辞書に収録されている『合本 俳句歳時記』(第4版、角川学芸出版)。角川を特にひいきにしているつもりはなく、電子辞書に入っていたのがたまたまこれだったというだけのことです。iPhoneのアプリと同じ書名、同じ版ですが、どういうわけか中身が違います。

季語について詳しく知りたいときには『日本の歳時記』(小学館)を引きます。2012年に出たこの歳時記は800ページに及ぶボリュームもさることながら、詳細な解説にカラーの美しい写真・図版が豊富に付されています。私は植物に関する知識が乏しいので、この歳時記には助けられています。

『日本の歳時記』(小学館)

──歳時記はどのように使い分けていますか?

ふだん使いは電子辞書の『合本 俳句歳時記』、句会や吟行ではアプリの『合本 俳句歳時記』、本気で調べるときには『日本の歳時記』ですね。

──句会の現場では、どのように歳時記を使いますか。

句会では知らない季語に出合うことがあります。それをこっそりアプリで調べて、さも前から知っていたかのようなしたり顔で句評をするわけです。句会の席で紙の歳時記を引いていたら知らない季語を調べているのがバレバレですが、その点スマホはいいですね。

──どの歳時記にも載っていないけれど、ぜひこの句は収録してほしいという句があれば、教えてください。

具体的にどの句と挙げることはできないのですが、季語の本意からやや逸脱した句も混じっていると面白いかなとは思うことはあります。

──自分だけの歳時記の楽しみ方やこだわりがあれば、教えていただけますか?

前回この欄に登場された池田澄子さんは初学のころ、歳時記を最初から最後まで通読したというのだから頭が下がります。残念ながら私はそのような勤勉さは持ち合わせておらず、歳時記はあくまでレファレンスとしての使用にとどまっています。

干場さんの歳時記(ご本人提供)

──自分が感じている歳時記の疑問や問題点があれば、教えてください。

歳時記はひとつの規範となるものですから保守的な編纂がなされているのでしょうが、自然環境の変化や社会生活の都市化による季感の変質を今の歳時記がどこまで意識しているのかと思うことはありますね。

──歳時記に載っていない新しい季語は、どのような基準で容認されていますか? ご自分で積極的に作られることはありますか?

「新しい季語」というのがどのようなものか、あまりぴんときません。「ハロウィーン」なんかがそうなのかもしれませんが、現代人の生活パターンは多様化しているので、不特定多数が季節感を共有できる新しい言葉は出現しにくくなっているのではないでしょうか。オタクの人は何よりコミケが開催されると「夏(冬)だなあ」と思うでしょうし、iPhoneの新モデルが発表されると「いよいよ秋か」と感じ入る人もいるでしょう。だからといって、まさかiPhoneが秋の季語にはならない。日本人にとっての最大公約数的な季節感があいまいになる一方、それを更新することも難しくなっているのはたしかでしょう。

私は原理主義者ではないので季語については鷹揚に考えていますが、わざわざ「新しい季語」を見つけだしてそれで俳句を書くようなことはしていません。ましてや自分で季語を作るというようなこともありません。

──そろそろ季語として歳時記に収録されてもよいと思っている季語があれば、教えてください。

先に述べた理由で「新しい季語」の成立はなかなか難しいだろうと思っています。「東日本震災忌」は『日本の歳時記』に取られていますが、こういう社会的にトラウマティックな出来事や、跋扈する外来生物の名前などがあるいは季感を帯びて俳句の世界に入ってくるのでしょうか。それはそれで、とも思いますが、少しぞわぞわします。

──逆に歳時記に載ってはいるけれど、時代に合っていないと思われる季語、あるいは季節分類を再考すべきだと思われる季語があれば、教えていただけますか。

それはたくさんあります。かといって、それを歳時記から慌てて削除したり見直したりする必要もないでしょう。私はこれまで自分で火鉢を使ったことはありませんし、これからもなさそうですが、この季語が使われた俳句を読むとノスタルジーをおぼえます。逝きし世の面影をいつくしむのも伝統詩型の妙味ですから、せめて歳時記の中だけでも古い生活文化の幻想に興じてもいいでしょう。ひとつのフィクションとして。

──干場さんから見て、季語について勉強になるオススメの本があったら、教えていただけますか。

そりゃ、初めて四季の部立てをおこなった『古今和歌集』でしょう……と言いたいところですが、不勉強な私はこれを通読したことはありません。

自然についての図鑑のたぐいは勉強になると思います。たとえば石井誠治著『都会の木の花図鑑』秋山久美子著『都会の草花図鑑』(いずれも八坂書房)などは、都市で暮らしている俳人には有用でしょう。また、私は鳥を見るのが好きなのですが、高野伸二著『フィールドガイド日本の野鳥』(日本野鳥の会)は鳥類の生態理解に役立ちます。

──これが最後の質問です。無人島に一冊だけ歳時記をもっていくなら、何を持っていきますか。

歳時記よりも「船のつくり方」の本を持っていって、さっさとその島から脱出したいですが……。

強いて歳時記というなら、沖縄県現代俳句協会編『沖縄歳時記』(文學の森、2017年)を持っていきます。これはその無人島が南洋にあるという前提ですが、亜熱帯の気候に即した季語の採用・分類がなされているという点で、この歳時記は使いやすそうです。でもまあ、句会もできないのに俳句を書いたりはしないですね、私は。

──以上の質問を聞いてみたい俳人の方がもしいれば、ご紹介いただけますか。テレフォンショッキング形式で…

では、小津夜景さんにバトンを渡します。短詩型の世界に忽然と現れたエイリアンであり、その不思議な俳句と繊細な文章でいつも私を触発してくれる句友(と私が一方的に思っている人)です。彼女が季語を扱う手つきはふつうの俳人とはずいぶん違っています。歳時記について、季語について、きっと意表を突くことを話してくれると思うので、とても楽しみです。

──それでは次回は、『いつかたこぶねになる日』『なしのたわむれ』も話題の小津夜景さんにお願いしたいと思います。本日は、お忙しいなか、ご協力ありがとうございました。


【今回、ご協力いただいた俳人は……】
干場達矢(ほしば・たつや)さん
東京在住。2020年に句誌「トイ」を創刊し、編集発行人を務める。「豈」所属。外国文学を語るポッドキャスト「翻訳文学試食会」パーソナリティ。Spotifyほかで毎週水曜20時に配信中。



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