迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー 中嶋憲武


迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー 

中嶋憲武


世界は言葉でできている。

そう言われて思わず周囲を見回した。たしかに言葉でいえないモノは見当たらなかった。しかもそれぞれのモノが別の言葉をマトリョーシカのように包みこんでいる。たとえばいま目の前に「ハサミ」があるのだけれど、この「ハサミ」の内側には「把手」や「刃」や「小指かけ」や「裏梳き」や「ねじ」があり、「プラスチック」や「鉄」があり、また「穴」や「鋭い」や「切る」が香っている、といった具合。

言葉の木に言葉の風が吹き、言葉の雨が降り言葉の花が咲く。そして花の落ちたあと実るのもまた言葉。言葉の連鎖にからめとられ、世界はいつしか鬱蒼たる迷宮となる。

迷宮へ靴取りにゆくえれめのぴー

人を惑わせる迷宮の中に靴があるというのも面白い発想だし、そこへ向かうときの効果音がえれめのぴー(LMNOP)といった文字、すなわち言葉をつくりあげる部品であるというのもいかしている。ポケットの中でじゃらじゃら鳴るえれめのぴー。ちょっとまじないめいていて、ちょっとセンチメンタルなえれめのぴー。言葉の迷宮=この世界に生きることが楽しくなるような祝祭性をはらんだ、とても素敵な座五だ。

そういえば、あるとき連句仲間の冬泉氏に「こんなおもしろい俳句があるんですよ」と掲句をみせたところ、氏は即吟で〈えくすわいじー廃駅を出て〉と付句した。作品の核と雰囲気を掴みとった上で新しい風景へと掲句を送り出した、名批評のような付句だと思った。

(小津夜景)


【執筆者プロフィール】
小津夜景(おづ・やけい)
1973年生まれ。俳人。著書に句集『フラワーズ・カンフー』(ふらんす堂、2016年)、翻訳と随筆『カモメの日の読書 漢詩と暮らす』(東京四季出版、2018年)、近刊に『漢詩の手帖 いつかたこぶねになる日』(素粒社、2020年)。ブログ「小津夜景日記」https://yakeiozu.blogspot.com

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