俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第70回】 浅草と久保田万太郎


【第70回】
浅草と久保田万太郎

広渡敬雄
(「沖」「塔の会」)

浅草は、創建推古三十六(六二八)年の東京最古の浅草寺を中心として、江戸時代から賑わう。雷門から宝蔵門への約三百㍍の仲見世に九十軒の店が連なり、二月の針供養、七月の鬼灯市、十一月の酉の市、十二月の羽子板市のみならず連日多くの内外の参拝客が溢れ、下町情緒の漂う街。

雷門
仲見世通り
浅草寺五重塔

 

隣の浅草神社の五月中旬の「三社祭」は江戸三大祭として名高い。「花やしき」「浅草演芸ホール」に加え、平成二十四年オープンの「東京スカイツリー」も新名所となった。

浅草から臨むスカイツリー

竹馬やいろはにほへとちりぢりに  久保田万太郎

仲見世を出て行く手なし秋の暮   渡辺水巴

仲見世の裏ゆく癖も十二月     石川桂郎

張りたての淡島さまの白障子    柏原眠雨

暗き方も人の流れや鬼灯市     鈴木鷹夫

羽子板の目線のいづれとも合はず  寺島ただし

銭湯へ子と手をつなぐ傘雨の忌   橋本榮治

スカイツリーとは大いなる陽炎か  伊藤伊那男

荷風忌の言問橋を渡りけり     広渡敬雄

〈竹馬や〉の句は、大正十五(一九二六)三十七歳の作で、句集『道芝』収録。浅草に生まれ育った下町少年の感傷を詠ったもので、浅草神社境内に句碑がある。

浅草神社
久保田万太郎浅草神社句碑(撮影のんびり桔梗之介)

「意味よりも情緒に訴える句」(山本健吉)、「「いろはにほへと」には三つの含意があるー①竹馬歩きのおぼつかなさ=初学の喩え、②一緒に習った仲間との同世代意識、③成人し「ちりぢりに」なってしまった。」(清水哲男)「当句は、万太郎が愛読した樋口一葉『たけくらべ』の世界が背景にあり、軍歌「今なるぞ節」((いろはにほへとちりぢりに打破らむは今なるぞ)の本歌取りであるともいわれ、軍歌は忘れ去られ万太郎の句は今も愛誦されている)(小澤實)の鑑賞がある。

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