神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第123回】大住光汪


ヴーヴクリコを もう一本!

大住 光汪(「銀漢」同人)


A4出口を進み立喰い蕎麦屋を左折、そして一つ目の角を右折すれば、その先に店は見えてくるはずである。出会えれば高校卒業後、四十数年ぶりの再会だ。「銀漢亭」伊藤伊那男さんの名前を知ったのは高校同窓会会報誌に彼のお店の紹介と経歴、俳句が掲載され卒業年度が同じことから、ひょっとしてと思いネットで検索したら正しく伊藤正徳(本名)君の顔が現れたのである。

それから十年余り、私と「銀漢亭」との付き合いが始まった。

「とりあえずヴーヴクリコで乾杯!」

二年程は伊那男さんとは伊那谷の思い出と近況を話すだけで、句を詠み語るわけでもなく只、酒を呑むだけに通っていた。仕事で関りのあった矢沢永吉さんのオリジナルCDを持ち込み、掛けてもらいステップを踏み、指を鳴らしながらひたすら呑んでいた場違いな客であった。

そんな私を伊那男さんは特に俳句を勧めるわけでもなく微笑みながら刻がくるのを待っていたように思う。そして、その刻がやって来た。

店の扉のカウベルがチリリンと鳴り始め大そうなお客がなだれ込んで来たのである。超結社句会と言われた湯島句会であった。

「大住君、選句だけでも良いからやってごらん!」主宰の有無を言わせぬ言葉と、分厚い用紙が配られ選句が始まったのである。分けがわからぬまま終わった気がする。店を出る時に主宰から褒め言葉を掛けられたのが忘れられない。

「君の選句の力は間違っていなかったから俳句を始めてみないか……?」

それから八年後、伊那男さんの「銀漢亭」閉店の決断と行動は素早かった。刻を読み取る判断も間違ってはいなかった。

銀漢亭をたちまち「YAZAWAナイト」にしてしまう大住さん(写真はぼやかしてあります)

「銀漢亭」伊藤伊那男さんに引きよせられ、集まり光輝いた空間と時間をこのうえなく大切に思う…。

さて「ヴーヴクリコを もう一本!」 今宵も、シャンパングラスと天井を飾っていたブルーライトは天の川のごとく瞬き始めている。ためらわず皆、一句 詠みはじめようか?


【執筆者プロフィール】
大住光汪(おおすみ・みつおう)
東京都江東区在住。伊藤伊那男主宰と同郷、同級。縁あって「銀漢」入会、そして同人。



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