をりをりはこがらしふかき庵かな 日夏耿之介【季語=木枯(冬)】

をりをりはこがらしふかき庵かな

日夏耿之介


博覧強記をもって鳴る学匠詩人日夏耿之介は、日本文学史上において孤高の位置を占めているといえる。異国趣味的で怪奇なモチーフを、古めかしく難解な語彙によって飾る日夏の詩は、ペダンティックで近寄りがたい威光を放つ。その自らの詩風を「ゴスィック・ローマン詩体」と称んだ日夏であるが、その定義について、彼じしんが審らかに語ることはなかった。

ただ、18世紀イギリスのゴシックロマンス文学を踏まえての名付けであることには疑いの余地はないであろうし、おそらくは建築用語としてのゴシックあるいはローマンの意味合いも含んでいたとみえる。彼のことばを抜き書いてみよう。

ロオマン建築の特色は、自然的壮大といふ事と簡素といふ事とである。後者すなはちゴスイック建築の精神外形の特徴は、美とBarbarismとが大混淆を示してゐるといふ事である。(「英吉利浪曼文学概見」)

日夏がローマン建築とゴシック建築の特徴をふたつながらに詩の上に定着させようとしていた雰囲気を、この文章からは勘ぐりたくもなる。少なくとも、絢爛な聖堂や牢固な城郭を思わせる彼の詩に、建築的意識がはたらいているのは自明のことだろう。

さて、日夏の俳句を瞥見してみると、詩と比べて全体的に嫋やかで平明に傾いていることがわかる。「ゴスィック・ローマン詩体」と称ぶに相応しい難解な詩風の句は見当たらない。確かに、下掲の句などには日夏の詩に頻出の「翳」や「黝」といった鍵語が使われてはいるが、常識的な用字の範疇である。「形態と音調との錯綜美」といわれ日夏の詩に特徴的な、一般訓読から乖離した漢字と大和言葉の結合はここにはない。

雲のカゲ黝みつ富士のきそそり

むしろ驚くべきは、日夏の俳句における慶弔贈答句の類いの多さである。これは彼が、俳句の本然的な挨拶性を尊んでいた証左とでもいえるだろうか。ともあれ、夜毎書斎に籠り、刻苦の果てに内省的観念的な詩を編み上げていった日夏の詩人像とは対照的である。
この詩と俳句に対する態度の差はまた、彼の活動期間に大きな影響を及ぼしているように思われる。日夏は第四詩集『咒文』以降、新たな詩集を単行することはなかった。このことは、「ゴスィック・ローマン詩体」の完成を意味するのではないか。一つの詩法の完成は、一つの詩の目的の達成である。その完成された詩法を、求道的詩人である日夏が躊躇いなく手放すということは、あり得ざる話ではないだろう。

対して、俳句は折々に際して詠まれる、いわば機会詩の側面を持つ。形而下の出来事の数だけ、即興的に生まれ出る可能性を秘めているといえよう。

この相違が、『咒文』以降の詩の沈黙と俳句の継続という結果に結びついたように思われる。
最後に今更ではあるが、掲出句をみてみよう。庵に枯座する詩翁の姿が目に浮かぶ。これまでみてきた話を考え合わせるとき、「をりをり」ということばは意味深長である。日夏にとり、詩が絢爛な聖堂や牢固な城郭のようなものだとしたら、俳句は侘しくも常住に値する庵のようなものだったのかもしれない。

『現代俳句集成 別巻一』(河出書房新社、1983)所収

木内縉太


【執筆者プロフィール】
木内縉太(きのうち・しんた)
1994年徳島生。第8回特別作品賞準賞受賞、第22回新人賞受賞、第6回俳人協会新鋭俳句賞準賞澤俳句会同人、リブラ同人、俳人協会会員。


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