小谷由果の「歌舞伎由縁俳句」【第19回】四世鶴屋南北作『盟三五大切』の中の俳句

【第19回】
四世鶴屋南北作『盟三五大切』の中の俳句

(令和八年 六月大歌舞伎 歌舞伎座前ポスター)

先月六月の歌舞伎座は、夜の部の『盟三五大切(かみかけてさんごたいせつ)』が大変な話題だった。

『盟三五大切』は、四世鶴屋南北(1755〜1829)作の凄惨な殺しの場が見ものの生世話物で、今回中村勘九郎と尾上松也が源五兵衛と三五郎をダブルキャストで交互に演じるAプロ・Bプロを同月の中で見られるとあって、予告で撮り下ろしのスチール写真が五月に公開された時点からすでに熱気が高まり、六月を通してABを見比べた見物の感想がSNSに溢れた。

『盟三五大切』の中の俳句
『盟三五大切』の始まり、序幕第一場の「佃沖新地鼻の場」で、源五兵衛が初めて登場する時の第一声が、この俳句だった。

何一つさはるものなし海の月

この後に、

併し戀には心も闇

と続く。第一声が俳句なので、俳人としては高まる瞬間だったが、この句は上演される時期によって、科白に入っていたり入っていなかったりすることがわかった。

科白に俳句がある場合とない場合

今回、この俳句についての情報収集のために、演劇の専門図書館である松竹大谷図書館と早稲田大学演劇博物館図書室、また神保町の専門書店で、これまでの上演台本(江戸時代のものを除く)と筋書、国立劇場の上演資料集、南北関連の書籍、また『盟三五大切』の元ネタである並木五瓶の『五大力恋緘(ごだいりきこいのふうじめ)』『略三五大切(かきなおしてさんごたいせつ)』、さらにその元ネタである近松門左衛門の『源五兵衛おまん 薩摩歌』と浄瑠璃の『置土産今織上布』にもあたってみた。

『盟三五大切』の初演は文政8年(1825年)9月の中村座だが、当時の底本は現在行方不明であり、それを元にしたとされるのが、『大南北全集 第十二巻』(大正14年、鶴屋南北著、坪内逍遥・渥美清太郎共編、春陽堂)である。この中には当時の辻番付の写し(画像参照)があるが、底本の写しは無い。

鶴屋南北 著 ほか『大南北全集』第12卷,春陽堂,大正14-15.
国立国会図書館デジタルコレクション
https://dl.ndl.go.jp/pid/1017182

なお、この底本を元にしたとされる『大南北全集』の『盟三五大切』には、「何一つさはるものなし海の月」の句が「」付きで入っている。「」が付いているので、偶然五七五の科白なのではなく、句として詠まれていることがわかる。

しかし、昭和51年8月に、国立劇場小劇場で郡司正勝の補綴・演出によって136年ぶりに『盟三五大切』が歌舞伎として復活上演された時の台本と、平成10年に渋谷コクーン歌舞伎で串田和美の演出で上演された時の台本には、この句が入っていない。その2つを除く上演台本には句が入っている。

句が入っていない上演台本の時は、代わりにこの科白がくる。

いまのは夢か 恋には仮り寝の夢にも闇の

そして、句が科白に入っている方の上演台本のいくつかに、手書きで

(独吟)〽︎
月に風情を待乳山

とその句の横に書き添えられていた。

これは端唄の「夕暮れ」の一節だろう。「夕暮れ」は、

〽︎
夕暮に眺め見渡す隅田川

月に風情を待乳山(まつちやま)

帆上げた船が見ゆるぞえ

あれ 鳥が鳴く 鳥の名も

都に名所があるわいな

と続く。

『盟三五大切』のこの場は「佃沖新地鼻の場」であり、新地は深川大新地のことで、深川大新地があったのは現在の江東区永代一丁目、福島橋西詰の正源寺周辺。その鼻(=端)は隅田川の河口付近なので、浅草にある待乳山は少し遠いが、隅田川にかけてこの端唄を添えたのかもしれない。

この句についての詳しい解説は現在のところどの資料からも得られず、またなぜこの印象的な源五兵衛の第一声の句が郡司正勝初演版では変更されたのかが不明である。

鶴屋南北の辞世と追善句
四世鶴屋南北の辞世は、南北自身が生前に用意していたとされる、自身の一周忌に配るための台本『極らくのつらね』の中に書いてある。

遺言に辞世発句とすゝむれど死ぬ気なければとんと失念

狂言作者ならではのメタ視点の辞世である。自身の辞世をも笑いのネタにしているのだ。

この『極らくのつらね』の初めには、七代目團十郎による南北の追善句も掲載されている。

銀世界蕪のぼさつの立作者

この「蕪」には、南北の作者としての「お株」と、「歌舞の菩薩」がかかっている。

南北は、自身の葬式と一周忌をも芝居台本として生前に書き残していた。葬式の際に配った台本が『寂光門松後万歳(しでのかどまつごまんざい)』、一周忌に配った台本がこの「暫」のつらねとしての『極らくのつらね』である。『寂光門松後万歳(しでのかどまつごまんざい)』では、棺桶から南北の死体がよみがえって「万歳」を演じる。『極らくのつらね』では、南北が棺桶の中から「しばらくしばらく」と言って出てくる。

「棺桶が出たら南北の芝居と思え」と言われるほど、南北の芝居には葬式や棺桶がよく出てくる。そんな南北にとって自身の葬式は、最後で最高のエンタメなのだろう。最後の葬式に飽き足らず、一周忌に配る台本まで書いていたとは天晴れ大南北である。

【参考文献】
『大南北全集 第十二巻』鶴屋南北著、坪内逍遥・渥美清太郎共編(大正14年、春陽堂)
『歌舞伎オン・ステージ9』井草利夫編(昭和60年、白水社)
『歌舞伎オン・ステージ13』古井戸秀夫編(昭和62年、白水社)
『国立劇場上演資料集323』国立劇場調査養成部芸能調査室編(平成4年、日本芸術文化振興会)
『鶴屋南北』郡司正勝著(平成6年、中央公論社)
『天保十一年の忠臣蔵 – 鶴屋南北を読む -』犬丸治著(平成17年、雄山閣)
『五大力恋緘』松崎仁編(昭和57年、講談社学術文庫)

小谷由果


【執筆者プロフィール】
小谷由果(こたに・ゆか)
1981年埼玉県生まれ。2018年第九回北斗賞準賞、2022年第六回円錐新鋭作品賞白桃賞受賞、同年第三回蒼海賞受賞。「蒼海」所属、俳人協会会員。歌舞伎句会を随時開催。

(Xアカウント)
小りす:https://x.com/colisnote
歌舞伎句会:https://x.com/kabukikukai


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