特別寄稿

【特別寄稿】沖縄県那覇市久米「KIMIKO BAR ふう」/酢橘とおる


【特別寄稿】

コーヒーも泡盛も
ー沖縄県那覇市久米「KIMIKO BAR ふう」ー

酢橘とおる
(「滸」同人)


初めて「ふう」を訪れたのは、多分7,8年くらい前だろうか。大学に入学していたかどうかくらいの時だったと記憶している。高校時代の俳句部の先輩である安里琉太さんから電話がかかってきて「かなりいい人と句会をするんですが、酢橘くんもどうですか」という感じで誘われて訪れたような、そんないきさつだった。高校卒業後、句会の機会がめっきり減っていた僕は「ええ、是非とも!」といきおい返事をして電話を切ったあと、「かなりいい人か」と思った。失礼のないように、とか、先輩の顔に泥を塗るような句を出さないように、とか、色々なことが一気に心配になった。句会当日に「ふう」へと続く、くらく細い階段を上る頃には、僕はもうかなり緊張した人になっていた。

「ふう」へと続く階段。

戸を開けると、店主の前田貴美子さんが優しく迎えてくれた。僕と琉太さんが黒色のソファに腰かけると「「ふう」での昼間の句会の時はいつもコーヒーを淹れるの。コーヒーは飲める?」と気遣いながら、淹れたてのコーヒーを運んできてくれたのを覚えている。緊張のあまりなかなか飲み始めることができなかった。けれど、琉太さんの言う通り「かなりいい人」だと思った。

その後、大学4年になるまでの間は多忙であまり連絡を取れずにいたのだが、卒業論文を書き終えて余裕がもどった頃、もう一度貴美子さんに連絡した。「今度、「ふう」の仲間たちと吟行句会をするので、よければ酢橘くんも一緒に行きましょう」と、誘っていただいた。吟行のあとは、みんなで「ふう」に集まり、そのまま句会を始めた。その時から僕は、月に一度の沖縄吟行句会のメンバーに、同時に「ふう」の常連になった。貴美子さんは変わらずコーヒーを淹れてくれて、色々な語らいが生まれた。沢木欣一の『風』同人を経て、現在は『りいの』『万象』の同人であることを教えてくれた。とてもいい人で、とてもいい句をたくさん書く人だと気づいた。

「ふう」の店内と、句会仲間たち。
最右が、店主の前田貴美子さん。その隣が筆者・酢橘とおる

昼間の「ふう」に入れるのは、吟行後の句会を開くときくらいだ。この場合は、貴美子さんセレクトのお茶菓子とコーヒーを囲んでの句会である。最近はピオーネのゼリーの”打率”が高めだ。句を書くのが遅い僕は、投句締め切りギリギリまでうんうん悩んだ挙句、手前に揺れるゼリーを見て〈ゼリー掬ひ取るたび蜜のおし上がる〉という句を出したことがある。いくらか点が入ったが、講評のときには「たくさん歩いたのに、書くのはゼリーなのか」とみんな笑っていた。貴美子さんも笑いながら「でも、いい句ね。おいしそうだし、用意した甲斐があったわ。」と話してくれた。この頃には、「ふう」に足を運ぶことが、俳句を書き続ける楽しみの一つになっていた。

吟行から約一週間後には、夜の「ふう」で後日句会が開かれる。その場合は、お酒と食事を楽しみながらのほろ酔い句会となる。

「ふう」は、貴美子さん一人で切り盛りしている。お酒は吟行先の地にちなんだ銘柄の泡盛、メニュー表などは無く、食事は貴美子さんの手作り。ただ、ここにもいくらか”打率”の高いモノがある。最近は、トマトとチーズのカプレーゼが多め。句会の時の定番は、焼き野菜がごろっと入ったカレーだ。冬にはふろふき大根なんかも作っていただいた。どんな料理も泡盛に合う。しかしもちろん句を書くのが遅い僕は、投句締め切りギリギリまでうんうん悩むため、しばらくの間は泡盛も食事もお預けなのである。「食事とお酒は置いておくけれど、句を出してからでお願いしますね」と貴美子さんに言われるのは、しばしばあること。それでも彼女がとてもいい人で、即物具象を重んじつつ揺るがない情感を乗せたいい句を書く人で、句の評にも安定感があって、たくさんの俳句を愛する仲間がいて、僕が信頼を寄せる俳人である事に変わりはない。

俳人・岸本尚毅さんが「ふう」を訪れたときの一枚
後ろにあるのは、店主・前田貴美子さんの俳句の揮毫

あいも変わらず、コーヒーも泡盛も、なかなか飲み始められない一杯のままだ。それでも、多忙の合間を縫ってでも、その一杯(と、一品……と、開始間近の句会)のために「ふう」へ駆け込むのだ。那覇市を走るタクシーを捕まえて「那覇西消防署通りまでお願いします」と言えば、「ふう」につくのにはもうしばらくの辛抱となる。しばらくの辛抱の後には(もうひと辛抱しなくてはならない人もいるが)、かなりいい人と、かなりいい時間が待っている。

前田貴美子さんの第一句集『ふう』
表紙にある「ふう」の字は、店の看板のもの

【店舗情報】

○住所 沖縄県那覇市久米1丁目15-6 2階 098-866-0934

○営業時間 PM6:00~12:00 土日祝日休(但し、句会等予約にて営業可)

*コロナ感染拡大防止の為、営業時間短縮や休日を変更する場合があります。

○問い合わせ先 090-1945-2328(店主・前田貴美子)


【執筆者プロフィール】
酢橘とおる(すだち・とおる)
1996年沖縄県生。高校入学より詩作・句作を続けている。
琉球大学大学院地域共創研究科に在学中。『滸』同人、現代俳句協会青年部所属。


  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第81回】髙栁俊男
  2. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第33回】葛城山と阿波野青畝…
  3. 俳句おじさん雑談系ポッドキャスト「ほぼ週刊青木堀切」【#3】
  4. 【読者参加型】コンゲツノハイクを読む【2022年12月分】
  5. 「野崎海芋のたべる歳時記」いくらの醤油漬け
  6. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第36回】銀座と今井杏太郎…
  7. ゆる俳句ラジオ「鴨と尺蠖」【第7回】
  8. 【連載】新しい短歌をさがして【6】服部崇

おすすめ記事

  1. 梅漬けてあかき妻の手夜は愛す 能村登四郎【季語=梅漬ける(夏)】
  2. 【冬の季語】冬日
  3. つぶやきの身に還りくる夜寒かな 須賀一惠【季語=夜寒(秋)】
  4. 【冬の季語】寒
  5. 鶴の来るために大空あけて待つ 後藤比奈夫【季語=鶴来る(秋)】
  6. 【新企画】コンゲツノハイク(2021年1月)
  7. 雨月なり後部座席に人眠らせ 榮猿丸【季語=雨月(秋)】
  8. 田に人のゐるやすらぎに春の雲 宇佐美魚目【季語=春の雲(春)】
  9. 夕づつにまつ毛澄みゆく冬よ来よ 千代田葛彦【季語=冬隣(秋)】
  10. ヨコハマへリバプールから渡り鳥 上野犀行【季語=渡り鳥(秋)】

Pickup記事

  1. 卒業の子らが机を洗ひ居る 山口草堂【季語=卒業(春)】
  2. 渚にて金澤のこと菊のこと 田中裕明
  3. 産みたての卵や一つ大新緑 橋本夢道【季語=新緑(夏)】
  4. 【冬の季語】冬蟹
  5. 天体のみなしづかなる草いきれ 生駒大祐【季語=草いきれ(夏)】
  6. 八月の灼ける巌を見上ぐれば絶倫といふ明るき寂寥 前登志夫【季語=夏山(夏)】
  7. 【夏の季語】夏至
  8. 「パリ子育て俳句さんぽ」【5月7日配信分】
  9. 手の甲に子かまきりをり吹きて逃す 土屋幸代【季語=子かまきり(夏)】
  10. 春光のステンドグラス天使舞ふ 森田峠【季語=春光(春)】
PAGE TOP