神保町に銀漢亭があったころ

神保町に銀漢亭があったころ【第125回】峯尾文世


イエローラベル

峯尾文世(「銀化」同人)


さて、銀漢亭である。閉店時こそ、ご挨拶ができなかったが、開店当時から、即かず離れず。「銀化」誌の印刷所が九段下にあったころ、最終校正後、主宰とともに、よく神保町に足を運んだ。ある日、伊藤伊那男さんがお店を出されたと聞きつけた主宰が花束をもって、お伺いしたのが初めだった気がする。伊那男さんとは、句会でほんの数回ご一緒させていただいただけだったので、その時、久しぶりにお会いしたのである。

その後、少し時間が経ったのち、銀漢亭での句会に誘われ、月一度はお邪魔するようになった。途中、本業の関係で途切れたものの、ここ数年、しっかりと通うことができたのは句会仲間のおかげである。句会以外にも、行事があれば、必ずイエローラベルを持ち込んでは、終電まで。イエローラベルの正式名称が、VEUVE CLICQUOTだったなんで、知ったのはつい最近だが、とにかく、おいしいものをみんなで楽しく、という究極の場であった。

それほどまでに、通い続けられたのは、誰しもが俳句という軸を持っていることへの安心感と連帯感があったからであろう。おそらく、ふらっと立ち寄っただけなのに、俳句を始めた方々も、そんな雰囲気に魅力を感じたのではないだろうか。

そして、そこにはいくつもの<偶然の再会>があったことも忘れてはならない。昔の結社仲間、病気でお休みをされていた方、上京された方等々と再会できたこと。それが偶然であるからこその喜びの大きさ。行けば誰かに会えるかも、というわくわく感のようなものである。

飲めば、終電まで駅に足が向くことができない場。意志が弱いというか、反省しないというか、そんな場がなくなってしまった。

とはいえ、代わりのお店を見つける気は、ない。


【執筆者プロフィール】
峯尾文世(みねお・ふみよ)
1964年神奈川県生れ。1987年上智大学文学部卒業。1990年上田五千石師事「畦」入門。1992年「畦」同人。1997年「畦」新人賞受賞・「畦」終刊。1998年中原道夫師事「銀化」入門。2000年「銀化」新人賞受賞・同人。句集に『微香性(HONOKA)』(富士見書房、2002年)『街のさざなみ』(ふらんす堂、2012年)



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第71回】遠藤由樹子
  2. 「パリ子育て俳句さんぽ」【12月18日配信分】
  3. 「けふの難読俳句」【第6回】「後妻/前妻」
  4. 【連載】歳時記のトリセツ(6)/岡田由季さん
  5. 神保町に銀漢亭があったころ【第106回】後藤章
  6. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ…
  7. 神保町に銀漢亭があったころ【第100回】伊藤政三
  8. 【連載】漢字という親を棄てられない私たち/井上泰至【第5回】

おすすめ記事

  1. 「パリ子育て俳句さんぽ」【12月18日配信分】
  2. 【春の季語】鴨引く
  3. 美しき時雨の虹に人を待つ 森田愛子【季語=時雨(冬)】
  4. 【連載】歳時記のトリセツ(5)/対中いずみさん
  5. 木枯やたけにかくれてしづまりぬ 芭蕉【季語=木枯(冬)】
  6. 【秋の季語】星月夜
  7. 鳥帰るいづこの空もさびしからむに 安住敦【季語=鳥帰る(春)】
  8. 蓑虫の揺れる父性のやうな風  小泉瀬衣子【季語=蓑虫(秋)】
  9. 神保町に銀漢亭があったころ【第15回】屋内修一
  10. 【新連載】「野崎海芋のたべる歳時記」 兎もも肉の赤ワイン煮

Pickup記事

  1. 誰もみなコーヒーが好き花曇 星野立子【季語=花曇(春)】
  2. 【春の季語】春の月
  3. 【クラファン目標達成記念!】神保町に銀漢亭があったころリターンズ【10】/辻本芙紗(「銀漢」同人)
  4. 大風の春葱畠真直来よ 飯島晴子【季語=春葱(春)】
  5. 杖上げて枯野の雲を縦に裂く 西東三鬼【季語=枯野(冬)】
  6. 【連載】加島正浩「震災俳句を読み直す」第9回
  7. 雛飾りつゝふと命惜しきかな 星野立子【季語=雛飾る(春)】
  8. 【巻頭言】地球を損なわずに歩く――〈3.11〉以後の俳句をめぐる断想
  9. めちやくちやなどぜうの浮沈台風くる 秋元不死男【季語=台風(秋)】
  10. 浅草をはづれはづれず酉の市 松岡ひでたか【季語=酉の市(冬)】
PAGE TOP