寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇【季語=胡蝶(春)】

  なぐさめてちまき解くなり母の前

  送り火や顔覗きあふ川むかひ

  初恋や灯籠によする顔と顔

  寝よといふ寝覚の夫や小夜砧

  親も子も酔へば寝る気よ卵酒

人間関係を客観的に描写した句も物語性があり、浮世の美しさを感じさせる。

  淋しきに飯を焚かうよ新米を

  ひとり居や足の湯湧かす秋の暮

  戸をさして長き夜に入る庵かな

  眼に残る親の若さよ年の暮

  身に添うてさび行く壁や冬ごもり

自身を描写した句には、老いて一人住まいの淋しさがあるものの、わびさびの文化を踏まえた詠み方の風情がある。

  勝鶏の抱く手にあまる力かな

  競べ馬顔見えぬまで誉めにけり

  追ひ戻す坊主が手にも葵かな

  鉾処々に夕風そよぐ囃子かな

  木戸しめて明くる夜惜しむをどりかな

  浮舟や花火落ちゆく闇のかた

  拝すとて烏帽子落すな司めし

京の年中行事を描写した句もまた、市井の人々の様子や心情が伝わる詠みぶりである。歳時記の例句にも採られている。

  ふらここの会釈こぼるるや高みより

  春駒や男顔なる女の子

  春の夜や女をおどす作りごと

  傾城の朝風呂匂ふ菖蒲かな

  かはほりや傾城出づる傘の上

  茄子売る揚屋が門やあきの雨

  枇杷の花咲くや揚屋の蔵の前

  はつ雪や医師に酒出す奥座敷

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