虫の夜を眠る乳房を手ぐさにし 山口超心鬼【季語=虫の夜(秋)】

  串本節踊りし後の芝を焼く

  中辺路の梅雨の日照雨はたたきつけ

  那智を去る瞼に滝の落ちつづけ

 寺院や仏教を詠んだ句は、吟行の際の嘱目と思われる。寺に句碑があることや熊野という地を愛したことによるものだ。

  扇子より般若心経の風賜ふ

  虚無僧の尺八を聞け法師蝉

  凛と梅青年僧が切に掃く

  霊山に鴨が来てをり木魚鳴る

  句会して釈迦と共にす堂の冷え

  咳きこみて読経を少し省かれし

  五輪の塔地より空まで苔の花

 作者には、葬式や墓の句が多い。いずれも客観的で、感情を抑えた詠みぶりである。

  それぞれに老いて集へり寒の葬

  葬を待つ河鹿の声に耳すまし

  墓に挿す供華に直ちに蜂が来る

  ベビーカー待たせて置きて墓洗ふ

  凍筒に供華を捻ぢこむ三鬼の墓

 「天狼」の期待の新人を経て、主要同人となり、やがて重鎮となった。主宰誌を持ったのは、70歳の頃。医師の仕事を辞した後は、講師や選者として様々な地へ赴いた。冷静な視点ながらも力強い描写が魅力である。

  炎天の破船を更に毀ちをる

  客船も海もずぶ濡れ夕立来て

  変貌に変貌雲の峰盛ん

  古稀過ぎて一誌を興す雲の峰

  真白の睡蓮ひらく爆心地

  魚市場海月は踏まれ蹴飛ばされ

  よろよろと月に近付く揚花火

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