その後は、派遣社員として職を転々とした。とある会社で、元キャリアウーマンのKさんと一緒に仕事をすることになった。Kさんは、キャリアを捨てて結婚したのだが子供に恵まれず、鬱々としている日々を解消するため、派遣社員として働いていた。お金を稼ぐために働いているわけではない。いつクビになっても良いという背景もあったのだろう。派遣社員なのに、次々と企画を提案し上司と闘っている。当時の派遣社員は、企業の雇われの雑兵であり、上司に苦言を呈し企画を提案するなどあり得なかった。だが、Kさんは、新しい趣味でも見つけたかのように生き生きと輝いていた。
キャリアは違うが同じ派遣社員としてKさんに憧れ応援したいと思った。Kさんの無謀な企画が通るようにフォローをしたり、別の視点からの提案もしたりした。急に仕事が楽しくなった。Kさんも私も余計な話はしない。一緒に食事をすることも飲みに行くこともなかったが、心の通じ合う同志だと思った。家庭の事情で退社することになったKさんは、私に言ってくれた。「あなたのフォローがなければ私の企画は通らなかったし、その企画もあなたの発言によりヒントを得た。才能があるのだから頑張りなさい」と。
思い返してみると私には、いつも生きる力を与えてくれる人がいる。不器用な私は、器用な人に憧れるが、器用な人もまた不器用な一面を持つ。Kさんは、仕事はできるが気が強く、反発も多かった。末端の事務作業をする人に多大な負担を追わせる企画を提案したり、上司の仕事を否定したりするような発言が多かった。格好良いのだけど、それでは仕事が回らない。寝る間も惜しんでKさんの企画実現に尽力した。裏方の仕事だがとても楽しかった。
そんな不器用な私ではあったが、運命的な出逢いにより結婚することとなる。私も夫も俳人。お互い不器用な一面を持つ。私の大雑把な発想を夫が見事に現実化することもあれば、夫の破天荒な発想を実現するために私が緻密な計画を練ることもある。要は、足りない者同士が結婚して、一つの仕事を成し遂げているのである。子供のいない夫婦ではあるが、それぞれの役割分担を把握し、小さいながらも何かしらの流れを紡いでいるのである。
滴りてふたりとは始まりの数 辻美奈子
器用な夫は、器用な人の才能を伸ばしさらなる高みを目指すが、不器用な私は不器用な人を応援する。生きることに不器用な人というのは、才能の原石だと思うからだ。
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