
全身で枯木となつてゆく力
進藤剛至
冬の光を受けた一本の木が、静かに立っています。
枝先にはもう葉はなく、風が通り抜けるたびに、木そのものの呼吸だけが残ります。
掲句は、その佇まいを深く見つめているように思われます。
葉を落としきるという変化を、木は抗うことなく受け入れています。
その姿には、移ろいを「生」の一部として抱きとめる力が宿っています。
私たちの日常にも、ゆるやかに失われていくものがあります。
体力や関係、昨日まで当たり前だった些細な習慣。
それらは音もなく姿を変え、気づけば少しずつ手からこぼれていきます。
しかし私たちは、その変化を“ふつう”として暮らしの中に受け入れています。
抵抗するより、そのままを認めていく方が、むしろ深い強さにつながることもあります。
「枯木となつてゆく力」とは、衰えではなく、自然と調和していこうとする意志。
変わっていくことを怖れず、与えられた季節にそのまま身を置くしなやかな力です。
「全身で」という措辞には、部分ではなく“存在まるごと”で応じていく姿がにじみます。
それは、私たちがふだん見過ごしてしまう「ふつうの尊さ」を、静かに照らす言葉でもあります。
枯木の姿を通して、この句は、変わっていくものを抱きしめながら生きる力をそっと思い出させてくれるように感じます。
(菅谷糸)
【執筆者プロフィール】
菅谷 糸(すがや・いと)
1977年生まれ。東京都在住。「ホトトギス」所属。日本伝統俳句協会会員。

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