酒醸す色とは白や米その他
中井余花朗
「嵐」のようにクリスマスから松の内(関東)が過ぎて、ハナキンノミカタも平常事態に戻そうと思っていましたが、どうも世の中はそうはゆかないようで、今週も変わり目の担当となりました。
東京は緊急事態の金曜日ですよ。
今年の年末年始は家にこもって、お節をフライングしたり、コンプリートしたり、追加したり、それが残って、今も食べていたり。言うまでもなく、お節はお酒に合うようにできていて、本来、お正月はこんな感じだったのかもしれないなどと言い訳しながら、だらだらと。
クリスマス前の金曜に取り上げた野村泊月に続いて、酒蔵シリーズの第二弾は中井余花朗、近江堅田の「浪乃音酒造」を若くして継いだ蔵元だ。その娘が『未央』主宰の古賀しぐれさん、さらにしぐれさんの甥っ子にあたる余花朗の孫の三兄弟が現在は蔵を営んでいる。
句集、『浪の音』の章立ては「新年」から始まる。春夏秋冬の四季の区分に「新年」を加えた章立ては、今年のような正月を過ごしたのちには、実に理にかなっているように思える。『浪の音』の「新年」の章では、松の内の(関西では15日までの約2週間)の句を取り上げるのに対して、冬の章では立冬から立春の前日までを取り上げている。このため、冬の章は十二月の「年忘」から一月の「霰」「風花」の間がすっぽり抜けて、その間は新年に所蔵されている形となる。それでも、新年を別立てするのは、その期間が地から浮いたような日々だからなのだろう。
しかし、この句集の章立てで最も特筆すべきは巻末に「寒造」の章があることだ。
酒庫間ひの比叡に月あり寒造 ※「間ひ」(あい)
ホトトギス初入選と記されたこの句からはじまる四十一句が「寒造」には収められている。
そのうちの一句が掲句。厳密にいうと、この句には季題とされるものはなくて、章のタイトルや、句の前後、あるいは「白」などから、ひんやりとその空気をうかがうしかない。カウントの方法によっては無季の句ともいえる。あとがきに「虚子とその御一族の御選の中より抜き出し」とあり、きっとその一族であればその辺りの細かいことは取りざたしていないのだろう。
句は「酒醸す色とは白」と感覚的にとらえてはじまり、「米」と唐突に白い原料が現れる。しかし、酒における米は、まだなにか抽象の域を出ない。「お正月の私はお餅とお酒でできています」というようなものだ。そして、それに続く「その他」。この一見あいまいなとらえ方が、それでもこの句を現実に引き寄せていると感じるのはなぜか。
その他とは何だろう。水、水も白と言えなくもない。発酵する米に被せる布、酒を絞る袋、白木の木枠、白壁、狭い窓から入る光、あるいは雪。酒蔵という空間を訪ねたことがあれば、あの風景がふっと目に浮かぶ。この頃は通年で酒造をする蔵もあって、いうなればこの句は一年中に可能になるわけだけれど、この白さはやはり寒造のものに私には思える。それは酒蔵訪問の記憶が冬に集中しているからかもしれない。みなさんはどうだろうか。
それにしても、この章にはかなり詳細な造りの句が多い。
初酛の試餅とて杜氏持参
「初酛」はその年初めてできた生酛のことだろうか。生酛とは…といい始めると、もう、果てしなくなるけど、米から作られる酒母であって、それと同じ米からできた餅を杜氏が携えてきた。
加ふるに税吏来りぬ酒庫師走
「加ふるに」と典雅に言っているけど、結局は課税のこと。
醪日記とは温度線描くこと
「醪」は(もろみ)。お酒になる前の発酵中のどろどろしたお米。発酵によって温度があがったりする。
蔵癖と云ふは醪の湧き加減
そうなんだそうだ。
泡消器真夜の作業は過去のこと
発酵がすすんで溢れてしまう泡を消すための(矛盾しているけど)泡立て器状の機械。昔は夜通し人が見張っていたのだろう。
このあたりについては、もっと詳しい方で違っているところがあったらご指摘いただきたい。ルビなしで全部読めたことだけでも、自分を褒めたいと思う。
堅田にも行きたいし、鰻も食べたいし、酒蔵にも遊びに行きたいし。
そんな時、しばらくは好きなお酒でも取り寄せて、この句集を読んで過ごすことに。
『浪の音』所収 1982年
(阪西敦子)
【執筆者プロフィール】
阪西敦子(さかにし・あつこ)
1977年、逗子生まれ。84年、祖母の勧めで七歳より作句、『ホトトギス』児童・生徒の部投句、2008年より同人。1995年より俳誌『円虹』所属。日本伝統俳句協会会員。2010年第21回同新人賞受賞。アンソロジー『天の川銀河発電所』『俳コレ』入集、共著に『ホトトギスの俳人101』など。松山市俳句甲子園審査員、江東区小中学校俳句大会、『100年俳句計画』内「100年投句計画」など選者。句集『金魚』を製作中。
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】