――ワールドワイドというか、ダイナミックな家族ですね。6人家族のうち4人がスペインに住んでいるという……。
中井 うち自由なんで、好きなようにしろと言ってますね。行きたいところ行って、やりたいことやるみたいな感じですわ。
――ご兄弟3人は酒蔵を継がれて、生まれた場所にとどまっているわけじゃないですか。地球の裏側にあるスペインで暮らしているというのとは、いってみれば……対極ですよね。
中井 ぼくらの時代は、海外に遊びには行っても住むような発想はなかったですからね。しかも酒造りって冬忙しくて夏ヒマという特殊な仕事なんで、冬の忙しい時期でも無理難題言えるのは兄弟がいちばんかなと。

◎三兄弟が醸す近江の酒「浪乃音」
――先ほど話にあがった余花朗さんが「浪乃音酒造」の8代目、お父様の國雄さんが9代目、そして汰浪さんが10代目の蔵元になるわけですね。
中井 父は交通事故でわたしが19のときに亡くなりまして、母親が入って経営していた時期があるんですが、30くらいのときに10代目として蔵を継ぐことになりました。
――お父様の代までは杜氏を招いて酒造りをしていたのが、現在は次男の均さんが杜氏をされているということですが、きっかけは何だったんですか?
中井 もうね、杜氏がいないんですよ。70歳でも若手になる世界なんです。
――それは俳句以上の高齢化ですね……。
中井 ですからほんまに自分たちで覚えなあかんという感じやったんですよ。「蔵元杜氏」って、ぼくらが走りやったと思いますわ。あとからどんどん増えてはきましたけどね。

――それで三兄弟で能登杜氏に弟子入りをしたと。
中井 金井泰一という杜氏に恵まれて、すごくいい勉強をさせてもらったんです。そのなかでの条件のひとつが「兄弟3人で」というものやったんです。
――どういう意図からの条件だったんでしょうか?
中井 「5年で覚えてくれ」って言われたんです。ふつう、酒造りって5年じゃ覚えられないんですよ。でも3人いれば3倍みたいな感じでね。電話も出るないうくらい厳しかったんですが、それでも7年来てもらいました。5年で辞めるという話だったんですが、2年延長して来てもらって、8年目から自分たちだけで造り始めたんです。
――弟子入りの前から、それぞれ酒造りには関心があったんですか?
中井 いやいや。ぼくら使命感から入ってるんで。酒造りやりたいとかそんなんじゃなくて、やらんと「浪乃音」なくなるぞみたいな危機感でした。でも、ものづくりは楽しいんでね、やりだしたらハマったみたいな感じです。

――ちなみに汰浪さんからは、3兄弟のキャラクターってどんな感じに見えてるんですか? 自分のことなので説明しづらいかもしれませんが。
中井 バラバラですよね。杜氏やってる次男は、きっちりやるタイプですね。計算高いというと変ですけど。
――杜氏さんは、研究肌のイメージです。
中井 いちばん下の弟は麹屋なんですけど、まじめですわ。やるいうたらやる、やらへんいうたらやらへんみたいな。やりだしたら何でもできる男。で、ご覧の通り、ぼくはええかげんな男なんでね。
――おおらかで包容力があると(笑)
中井 奥さんどうしも仲良くやってくれてるし、しぐれの息子も来てくれてるんです。
――本当に家族経営ですね。お父様の代はちがったんですよね?
中井 17、8年前までは、キリンビールの特約店で問屋もやってたんです。お酒の配達もやってたわけです。ビールも割引ができるようになって儲けも少なかったんで、「浪乃音」一本でやるようにしたら、夏の時期がヒマやったんで、夏季限定で「余花朗」という名前で鰻屋をはじめることにしたんです。
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