【連載】歳時記のトリセツ(14)/四ッ谷龍さん


【リレー連載】
歳時記のトリセツ(14)/四ッ谷龍さん


このコーナーでは、現役ベテラン俳人のみなさんに、ふだん歳時記をどんなふうに使っているかを、リレー形式でおうかがいしています(好評につきもう少しだけ続けていく予定)。今回は、関悦史さんからのリレーで、四ッ谷龍さんです。


【ここまでのリレー】村上鞆彦さん橋本善夫さん鈴木牛後さん中西亮太さん対中いずみさん岡田由季さん大石雄鬼さん池田澄子さん干場達矢さん小津夜景さん佐藤りえさん高山れおなさん関悦史さん→四ッ谷龍さん


──初めて買った歳時記(季寄せ)は何ですか。いつ、どこで買いましたか。

水原秋櫻子『新編歳時記』(大泉書店)です。1970年(小6)、家の近くの本屋で買いました。これしか店に置いていませんでした。小学校のクラスで「俳句係」を務めていて、歳時記の中の秋櫻子や誓子の句を写してガリ版刷りで配ったら、先生から「こういう句は古い」と言われたのが印象的。先生は草田男の句とかが好きだったようです。

──秋櫻子や誓子もバリバリ現役だったはずですが…「古い」とは(笑)
現在、メインで使っている歳時記は何ですか。

歳時記ではないのですが、室町時代の連歌寄合集6種類を全部エクセルに打ち込んで、それを合体して季語順に並べ直した手製のものを使っています。連歌寄合集は季語だけではなくさまざまな歌語と、その連想語を収集した書物です。歳時記の原形と言えます。歳時記は見飽きたので、わざと収録語彙の少ない古臭い資料を使ってみるとどうなるか、試しているわけです。証歌として挙げられている和歌や漢詩を読むのが面白いし、季語以外のいろいろな歌語を一覧することができます。

連歌寄合集について知りたい方は、私のブログを覗いてみてください。

おがたまぶろぐ https://bit.ly/3KwUDWU

四ッ谷龍手製の連歌寄合集6冊合体エクセルファイル

──歳時記はどのように使い分けていますか?

寄合集だけでは語彙が不足するので、ひとりで吟行に行く時は角川書店編『季寄せ』を携帯します。

家で調べ物が必要な時は、富安風生編集代表『俳句歳時記』(平凡社、全5冊)を使います。

連句の会では東明雅・丹下博之・仏渕健悟編著『十七季』(三省堂)を使用。

──句会の現場では、どのように歳時記を使いますか。

あまり使いません。句会で(季語を含め)知らないことばが出てきたら辞書を引きます。

──どの歳時記にも載っていないけれど、ぜひこの句は収録してほしいという句があれば、教えてください。大昔の句でも最近の句でも結構です。

載っていないかどうか調べていないのでわかりませんが、

  牡丹は最もおそく揺るるもの  田中裕明

  青々と悴んでこそ神の旅    冬野 虹

の2句は季語の用法としてすばらしいものだと思います。「牡丹」「神の旅」でこれ以上の句は出来ないのではないかとすら感じます。

──自分だけの歳時記の楽しみ方やこだわりがあれば、教えていただけますか。

上にも書きましたが、15世紀の連歌寄合集を読んでいると、季語というものがどのように成立してきたのか、記紀・万葉集や漢詩に始まって室町時代に至るまでの歴史がよくわかるので、たいへん勉強になります。とくに一条兼良編『連珠合璧集』と恵俊編『連歌寄合』がおすすめ。

──自分が感じている歳時記への疑問や問題点があれば、教えてください。

現代の歳時記が伝統を破壊していることや、考証が不十分であることに不満を感じます。たとえば

・「橘」というのは古来橘の花を指すものであり、香りを詠むものであった。したがって芭蕉、蕪村はもちろん、正岡子規までは夏に分類されていた。それを高浜虚子『新歳時記』で果実を指すと勝手に変えてしまい、分類が秋に変更になった。「柑橘類は全部秋」というような悪しき合理主義でこうしたのではないかと想像するが、「橘」は古来「ほととぎす」や「五月雨」と関連付けられ、非常に重要視されてきた題材であり、季節を移動するのは伝統を破壊する行いである。実際、橘の実が食用に利されることは稀で、わざわざ秋に変更する必要性が感じられないし、橘栽培農家では実は秋ではなく冬に収穫しているので、もう無茶苦茶である。

・「蘭」はほとんどの歳時記で秋に分類されているが、本州の野生蘭で秋に咲くものはきわめてまれ。「中国蘭を指す」などと書いてある歳時記もあるが、中国でも春・夏・冬に咲くもののほうが多い。なぜこういう分類になったかというと、「蘭」という漢字は古代中国では藤袴を指す場合があったので、それに引きずられたのである。17世紀の『毛吹草』には「蘭」に「ふぢばかま」とわざわざルビが振ってある。

──歳時記に載っていない新しい季語は、どのような基準で容認されていますか。ご自分で積極的に作られることはありますか。

詩歌に用いることばに、容認するもしないもないと思います。何をどう表現しようと自由です。それが面白いか面白くないかは別問題で、季語がピンと来ない、面白くないと批判する自由はこちらにあります。

一回限りの季語というのを作ることがあります。以前「夏霜」という季語(?)を使ったことがありますが、比喩表現としてでした。田中裕明に「一回限りの季語というのがあってもいいよね」とメールしたら、彼も「確かにそういう季語があっていい。一回だけで、歳時記などには載らないものとして」と同意してくれたものです。

──そろそろ季語として歳時記に収録されてもよいと思っている季語があれば、理由とともに教えてください。

とくに思いつきません。歳時記に入っていなくても、使いたい季物があれば句に使えばいいでしょう。私の場合は、歳時記に無い珍しい花の名前なんかがそうかな。

──逆に歳時記に載ってはいるけれど、時代に合っていないと思われる季語、あるいは季節分類を再考すべきだと思われる季語があれば、教えてください。

「天皇誕生日」は代替わりすると季節が変わってしまうので、無理に歳時記に入れる必要はないのではないでしょうか。「成人の日」「スポーツの日」みたいに行政が勝手に日付を変えることができるものも項を立てなくてよい気が。これらは作りたい人は句を作ればいいと思うけれど、歳時記に入れる価値があるかどうか。

──季語について勉強になるオススメの本があったら、理由とともに教えてください。

近代以降の歳時記(とくに学者をまじえず俳人だけで作った歳時記)の季語分類・解説は怪しいことが多いので、季語の根拠を調べるには江戸時代の歳時記を見るといいと思います。『はなひ草』『誹諧初学抄』『毛吹草』『山の井』『増山の井』『俳諧歳時記栞草』などです。また歳時記ではありませんが、俳諧辞典である『俳諧類船集』はいろいろ参考になる書物です。これらは「日本文学Web図書館 和歌・連歌・俳諧ライブラリー」で読むことができるはずです。(『俳諧歳時記栞草』を除く)

興味深いのは、『毛吹草』を見ると「保元乱」「承久乱」「平家都落」が秋の季語、「平治乱」が冬の季語になっていることです。広島忌、敗戦日といった季語が未来にどのような扱いをされるようになるかを考える上で、それらの例は参考になるかもしれません。

──最後の質問です。無人島に一冊だけ歳時記をもっていくなら、何を持っていきますか。

デジタル版『精選版 日本国語大辞典』です。季語には季語マークと季節区分が付いていますし、何より付録の季語一覧(アイウエオ順)がすごい。へえ、こんな季語があるのとびっくりするようなものが並んでいます。たとえば「春」の季語一覧の先頭に出てくるのは「あいふ」ですが、この季語を知っている人は達人の域でしょう。

歳時記としても辞書としても読みごたえがあり、無人島の秋の夜長の暇つぶしにはもってこいです。

──以上の質問を聞いてみたい俳人の方がもしいれば、ご紹介いただけますか。テレフォンショッキング形式で…

茅根知子さんを紹介します。「魚座」出身で今井杏太郎のお弟子さん、現在は「絵空」同人です。第15回「俳壇賞」受賞。最近句会をご一緒していますが、着実な作風で新しいことにも積極的に挑戦される、信頼できる方です。

──それでは次回は、茅根知子さんにお願いしたいと思います。本日はご協力いただき、ありがとうございました。


【今回、ご協力いただいた俳人は……】
四ッ谷龍(よつや・りゅう)さん
1958年生まれ。「鷹」を経て冬野虹と二人誌「むしめがね」創刊。第2回現代俳句評論賞受賞。
句集『慈愛』(蜘蛛出版者)、『セレクション俳人 四ッ谷龍集』(邑書林)、『大いなる項目』(ふらんす堂)、『夢想の大地におがたまの花が降る』(書肆山田)、エッセイ集『田中裕明の思い出』(ふらんす堂)、共著に『Les herbes m’appellent』(Les Editions L’iroli)他。



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