ハイクノミカタ

抱く吾子も梅雨の重みといふべしや 飯田龍太【季語=梅雨(夏)】


抱く吾子も梅雨の重みといふべしや

飯田龍太

『百戸の谿』(1954年)には、複数の「梅雨」の句が収められているが、この句が最も有名な句だろう。飯田龍太は1920年生まれなので、第一句集刊行時は30代半ば。龍太には〈春蝉にわが身をしたふものを抱き〉という句もあるが、こちらは兄の子(公子)である。

掲出句は1951年の作で「吾子」は、前年に生まれた次女純子。みずからの子を抱くときの「重さ」は、1956年にこの純子が急死したことを思うとき、いっそう強く感じられる。いずれ死ぬことがわかっている「子」を抱いているシーンは、たとえそれが俳句にすぎなかったとしても、写真や映像と同じように、切ない。

そのような「切なさ」を生み出しているのは、事後的な作者の人生の歩みであるけれど、それもまた「句」の一部をなしている。表現のうえでいえば、「いふべしや」という少し古風な流し方は、和装で山廬に立つ龍太の姿を思うときに、いかにもという感じを受ける。

このような言い回しは、おそらく戦後の生活のスタイルの洋風化とともに、手放さざるをえなかったように思う。その意味では二重にも三重にも、この句は「失われてしまったもの」の重さが感じられる句もである。いま、小さな娘を育てている私にとっても。

ところで今年2020年は、コロナ禍に見舞われているなかではあるが、飯田龍太の生誕100周年である。総合誌などでも特集が予定されている。『飯田龍太全句集』が文庫版で出版されたことにより、より手軽に龍太の句業を振り返ることができそうだ。

龍太全句集はそれなりの重さである。

これもまた、梅雨の重みというべしや。

(堀切克洋)



【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 一番に押す停車釦天の川 こしのゆみこ【季語=天の川 (秋)】
  2. 来よ来よと梅の月ヶ瀬より電話 田畑美穂女【季語=梅 (春)】
  3. 舟やれば鴨の羽音の縦横に     川田十雨【季語=鴨(冬)】
  4. 秋淋し人の声音のサキソホン 杉本零【季語=秋淋し(秋)】
  5. 百方に借あるごとし秋の暮 石塚友二【季語=秋の暮(秋)】
  6. どちらかと言へば麦茶の有難く  稲畑汀子【季語=麦茶(夏)】
  7. 境内のぬかるみ神の発ちしあと 八染藍子【季語=神の旅(冬)】
  8. 新蕎麦のそば湯を棒のごとく注ぎ 鷹羽狩行【季語=新蕎麦(秋)】

おすすめ記事

  1. 【冬の季語】冬麗
  2. 俳人・広渡敬雄とゆく全国・俳枕の旅【第27回】熊本・江津湖と中村汀女
  3. 神保町に銀漢亭があったころ【第26回】千倉由穂
  4. 麗しき春の七曜またはじまる 山口誓子【季語=春(春)】
  5. またわたし、またわたしだ、と雀たち 柳本々々
  6. 神保町に銀漢亭があったころ【第110回】今井康之
  7. 口中のくらきおもひの更衣 飯島晴子【季語=更衣(夏)】
  8. くれなゐの花には季なし枕もと 石川淳【無季】
  9. 略図よく書けて忘年会だより 能村登四郎【季語=暖房(冬)】
  10. 【新年の季語】成人の日

Pickup記事

  1. 神保町に銀漢亭があったころ【第25回】山崎祐子
  2. 蝌蚪の紐掬ひて掛けむ汝が首に 林雅樹【季語=蝌蚪(春)】
  3. 【春の季語】黄水仙
  4. 草田男やよもだ志向もところてん 村上護【季語=ところてん(夏)】
  5. こんな本が出た【2021年5月刊行分】
  6. 浄土からアンコールワットへ大西日 佐藤文子【季語=西日(夏)】
  7. ラーメン舌に熱し僕がこんなところに 林田紀音夫
  8. 後鳥羽院鳥羽院萩で擲りあふ 佐藤りえ【秋の季語=萩(冬)】
  9. 鳥帰るいづこの空もさびしからむに 安住敦【季語=鳥帰る(春)】
  10. 麦藁を束ねる足をあてにけり   奈良鹿郎【季語=麦藁(夏)】
PAGE TOP