ハイクノミカタ

秋蝶のちひさき脳をつまみけり 家藤正人【季語=秋蝶(秋)】


秋蝶のちひさき脳をつまみけり

家藤正人


夏井いつきのYoutubeチャンネルを見ると、夏井の横に座っている彼、最初はマネージャーか何かと思いきや、息子さんだった。そう言われて見直してみると、たしかに目元のあたりが似ている。

さて掲句、標本づくりに勤しむ少年時代の回想句だろうか。

チョウの体を壊さないように、慎重に展翅板に乗せ、少しずれてしまった頭部をピンセットでそっとつまみ、位置を調整する。そんな瞬間を思い浮かべた。

「ちひさき脳をつまむ」ことに関心を寄せるのは、人間の「知性」のはたらきの一種なのだろう。知性とは、いつだって残酷なもの。

それも「夏蝶」ではなく、個体数が減って、飛び方にも勢いがなくなる「秋蝶」を標本にしているのだから、なおさらのこと。

「虫めづる姫君」というのは、時代を通じて例外的な存在で、このような残酷な知性は、いくぶん性別に拠っているようにも思う。

残酷、残酷と書いているが、昆虫採集をして標本づくりをしている当人からすれば、それは無邪気なものだったはずだ。

しかしこうして句にしているところに、そうした「無邪気さ」に対する批評的な目線があるといっていい。

高精度のカメラで「ちひさき脳」がズームで映し出されるのを見ているときのような、いたたまれなさ、ヒリヒリするような感覚。

かつての山口誓子の「非情」の句にも少し通じるようなところがある句でもあると思う。

ふつうの人は蝶々にも「脳」があることなど意識しないし、そもそも知らなかったりする。ましてや、「つまむ」という場面はなかなか体験しない。

(堀切克洋)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 待ち人の来ず赤い羽根吹かれをり 涼野海音【季語=赤い羽根(秋)】…
  2. あさがほのたゝみ皺はも潦 佐藤文香【季語=朝顔(秋)】
  3. 好きな繪の賣れずにあれば草紅葉 田中裕明【季語=草紅葉(秋)】
  4. 天高し男をおいてゆく女 山口昭男【季語=天高し(秋)】
  5. 金閣をにらむ裸の翁かな 大木あまり【季語=裸(夏)】
  6. アカコアオコクロコ共通海鼠語圏  佐山哲郎【季語=海鼠(冬)】
  7. 蜷のみち淡くなりてより来し我ぞ 飯島晴子【季語=蜷(春)】
  8. 血を分けし者の寝息と梟と 遠藤由樹子【季語=梟(冬)】 

おすすめ記事

  1. つばめつばめ泥が好きなる燕かな 細見綾子【季語=燕(春)】
  2. 藁の栓してみちのくの濁酒 山口青邨【季語=濁酒(秋)】
  3. 【夏の季語】金魚
  4. 「野崎海芋のたべる歳時記」ルバーブ
  5. 「パリ子育て俳句さんぽ」【9月25日配信分】
  6. 【夏の季語】アロハシャツ(アロハ)
  7. 春雷や刻来り去り遠ざかり 星野立子【季語=春雷(春)】
  8. 抱きしめてもらへぬ春の魚では 夏井いつき【季語=春の魚(春)】
  9. 紐の束を括るも紐や蚯蚓鳴く 澤好摩【季語=蚯蚓鳴く(秋)】
  10. 雛節句一夜過ぎ早や二夜過ぎ 星野立子【季語=雛節句(春)】

Pickup記事

  1. 【#40】「山口誓子「汽罐車」連作の学術研究とモンタージュ映画」の続き
  2. 【夏の季語】夜の秋
  3. ダリヤ活け婚家の家風侵しゆく 鍵和田秞子【季語=ダリヤ(夏)】
  4. 【連載】漢字という親を棄てられない私たち/井上泰至【第2回】
  5. ひっくゝりつっ立てば早案山子かな 高田蝶衣【季語=案山子(秋)】
  6. 春山もこめて温泉の国造り 高濱虚子【季語=春山(春)】
  7. 【秋の季語】秋分
  8. 片影にこぼれし塩の点々たり 大野林火【季語=片影】
  9. 天高し男をおいてゆく女 山口昭男【季語=天高し(秋)】
  10. 赤福の餡べつとりと山雪解 波多野爽波【季語=雪解(春)】 
PAGE TOP