ハイクノミカタ

鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ 渡辺白泉【季語=カンナ(秋)】

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

鶏たちにカンナは見えぬかもしれぬ  

渡辺白泉 


日本でユクスキュルの代表的著作『生物から見た世界』が翻訳紹介されたのは、1942年のこと。この白泉の有名句は1935年の作だが、きわめてユクスキュル的発想に近い。ただし、ニワトリにとって最もよく見える色は、カンナと同じ赤色であり、カンナの赤は見えていてもおかしくはない。しかし、つぎつぎにニワトリたちが、炎天下で赫赫と咲いているカンナには見向きもせず、あさっての方向に向かっていくではないか。こんなにもわかりやすく、見えているはずのものが、実は見えていないのではないかというのは、ふと恐怖とはいかないまでも、ある種の不安を感じさせる。時代状況をかんがみれば、すでに1931年の満州事変を経て、盧溝橋事件にはじまる日中戦争へひたひたと向かっていたころの句であり、さて現在のわたしたちは血のようなカンナの赤色が、しっかりと見えているだろうかと、思われてくる。(堀切克洋)

  • このエントリーをはてなブックマークに追加
  • follow us in feedly

関連記事

  1. 窓眩し土を知らざるヒヤシンス 神野紗希【季語=ヒヤシンス(春)】…
  2. 老人になるまで育ち初あられ 遠山陽子【季語=初霰(冬)】
  3. 立読みの少年夏は斜めに過ぎ 八田木枯【季語=夏(夏)】
  4. 父の日の父に甘えに来たらしき 後藤比奈夫【季語=父の日(夏)】
  5. ワイシャツに付けり蝗の分泌液 茨木和生【季語=蝗(秋)】
  6. 大空に伸び傾ける冬木かな 高浜虚子【季語=冬木(冬)】
  7. 紀元前二〇二年の虞美人草 水津達大【季語=虞美人草(春)】
  8. 足指に押さへ編む籠夏炉の辺 余村光世【季語=夏炉(夏)】

あなたへのおすすめ記事

連載記事一覧

PAGE TOP