瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏
堀本裕樹
北野武監督が自身の映画で好んで使うブルーのことを「キタノブルー」と呼んだり、シャガール独特の青色を「シャガール・ブルー」と呼んだり、青には特別な存在感がある。前回の記事を書くときに北斎が多用した「ベロ藍(=プルシアンブルー)」のことを調べていたら「北斎ブルー」なる呼び名があることを知った。「広重ブルー」もある!もっとあるのではないかと現役美大生に聞いてみたところ「フェルメール・ブルー」の存在を教えてもらった。「ウルトラマリン」というラピスラズリを原料とした顔料だ。どのブルーもなんとなくどんな青なのか思い浮かべることができる。プルシアンブルーはそのままだと黒に使えるが薄めると青になり「コスパ良すぎ」な顔料なのだそうだ。
青は空や海の色だが、手に取ってその青さを確認することはできない。空や海を見ると心が晴れるのに「ブルー」というと憂鬱を表すのはなぜだろう。筆者が「ブルー」にそういう意味があることを知ったのは渡辺真知子の『ブルー』から。幼心にもこの歌の人物は哀しい気分になっていることがわかった。その前のシングル『かもめが翔んだ日』では「人はどうして哀しくなると 海をみつめに来るのでしょうか」と歌っていたので、哀しいと海を見る→海は青い→ブルーは哀しい、などと拙い仮説をたてたりしていた。
青い薔薇や青色LEDなど、青は人工的に作り出すことが難しい色でもある。空や海の青のように、手に入れることが難しい色だからこそ人は激しく欲してしまうのだろうか。
ということで今日は「蒼海」主宰の一句を。
瑠璃蜥蜴紫電一閃盧舎那仏 堀本裕樹
青の美しさを表現するのには色彩を大画面のように出すという手法もあるが、一面の暗闇をゆく一筋の青を描くという切り取り方にも美学を感じる。
盧舎那仏は東大寺の大仏として鑑賞したい。和歌山出身の作者には比較的身近な存在だったはずである。さほど明るくない大仏殿に鎮座される大仏を瑠璃蜥蜴が過ぎる。膝上を横断して腕から裏に回ったか。その色の美しさ、素早い動きを紫電一閃と端的に表したが、読み手の中には瑠璃色の残像が深く刻み込まれる。紫の一文字が青に深みを与える。
全て漢字で表記している点は見逃せない。大仏殿という場所柄もありお経のように見える。句集は縦書きなので一層そのように感じられた。全体としては画数が多いが、真ん中にある「一」の文字が空間に余裕をもたらし、不思議とするする頭に入ってくる。まるで瑠璃蜥蜴のように。
瑠璃色はラピスラズリを砕いて顔料にしたもので、英語ではウルトラマリン。瑠璃蜥蜴はフェルメール・ブルーということになる。
『一粟』所収。
(吉田林檎)
【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)。
【堀本裕樹さんの第二句集『一粟』はこちら↓】
【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔7〕してみむとてするなり我も日傘さす 種谷良二
>>〔6〕香水の一滴づつにかくも減る 山口波津女
>>〔5〕もち古りし夫婦の箸や冷奴 久保田万太郎
>>〔4〕胎動に覚め金色の冬林檎 神野紗希
>>〔3〕呼吸するごとく雪降るヘルシンキ 細谷喨々
>>〔2〕嚔して酒のあらかたこぼれたる 岸本葉子
>>〔1〕水底に届かぬ雪の白さかな 蜂谷一人
【セクト・ポクリット管理人より読者のみなさまへ】