短日や襁褓に父の尿重く
相子智恵
いよいよ日が短くなってきた。午後のモニタリング訪問に出て、話し終えて玄関の扉を開けたら真っ暗なんてこともあって慌てる。先日は、急に排泄の問題が浮上するようになった方の家へ急行、今後のことを話し合った。このまま在宅継続できるか、あるいは施設入所か。最終的に決めるのはご本人と家族だけれど、まずは当面どうしていくか具体的な提案をするのがケアマネの仕事。たっぷり2時間、あ~、外はどっぷり暮れている。
短日や襁褓に父の尿重く
作者の相子智恵さんは1976年生まれ、今をときめく「澤」同人。2021年上梓の第一句集『呼応』で俳人協会新人賞を受賞された。あとがきに「父の病をきっかけに句集をまとめ始めたが、間に合わなかった」とある。
掲句は、お父上の病状が深刻になり、寝たきりになられた時の句であろう。手から腕に伝わるずっしりとした襁褓の重さを実感として詠んでいる。大人用のおむつは赤ちゃんのそれとは比べ物にならない重さ、しかも父のおむつとなれば心情は複雑である。「短日」と言う季語には戸惑いや焦り、心穏やかではいられない作者の気持ちが滲む。作者にとって頼りがいがあり、大好きなお父様だったのだろう。尿もまた生きている証、命の重さであると受け止めていることが、淡々とした詠みぶりの中に感じられる。
改めて『呼応』を繙く。〈にはとりのまぶた下よりとぢて冬〉〈遠火事や玻璃にひとすぢ鳥の糞〉など、日常の中にあるささやかな変化を卓越した描写力をもって丁寧に掬い取り、仕立てている句が多い。
〈北斎漫画ぽろぽろ人のこぼるる秋〉〈群青世界セーターを頭の抜くるまで〉などは忘れられない句。私にはない発想豊かな句が随所に出てきて、詠む度に発見があって嬉しくなる。
家族を含め、個人的なことを詠んだ句が多くない作者にとって、掲句は詠まずにはいられなかった一句なのではないか。改めてそんな感慨にふけった。
家族を詠むこと、病や死、そして介護を詠むことは、実に個人的な事柄でありながら、普遍性のあることでもある。時として心を開放して次に進む力にもなり得るので、ためらわずに詠んでほしい。それが他者にとって励みになり得ることもあるのだから。
私も人手不足が更に深刻化している介護業界の中で働きながら、また多少なりとも葛藤のある親子関係に悩みながら、これからももがき、詠み続けていきたい。
私の担当は今回が最後。拙い文章ながらお読みいただきました方々、ありがとうございました。
(黒澤麻生子)
【執筆者プロフィール】
黒澤麻生子(くろさわ・まきこ)
1972年千葉県生まれ。1999年「未来図」入会。2004年未来図新人賞受賞。2005年「未来図」同人。俳人協会会員。2009年「秋麗」創刊に参加。2017年刊行『金魚玉』(ふらんす堂)により第41回俳人協会新人賞・第6回与謝蕪村賞新人賞受賞。2021年未来図後継誌「磁石」創刊に参加。現役ケアマネジャー。
2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓
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