足浸す流れかなかなまたかなかな ふけとしこ【季語=かなかな(秋)】

足浸す流れかなかなまたかなかな

ふけとしこ

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 先日行われた第28回俳句甲子園全国大会は、横浜翠嵐高校の優勝で幕を閉じた。私は社会人になってから俳句に出会ったので、高校生が「俳句」に対しまさしく情熱をこめて話しているのを聞くとなんだかキラキラしたものに気圧されてしまい、素直に拍手したくなる。きっと多くの人がイマジナリー親戚として彼らの活躍を見ていることだろう。高校時代という人生の非常に貴重な時間を俳句に投じてくれた彼らであるが、俳句を続ける人もいれば、きっぱりやめてしまう人もいると聞く。俳句に限らず、他の部活でもそうなのだから、外野が口をはさむ問題ではないのだろう。極論だが、俳句はもっと人生に疲れてから始めたっていい。若さと情熱と未来があるうちにすべきことは他にたくさんあるのだから。もしやめてしまったとしてもいつかふたたび、子どものころに飼っていた亀の名前を思い出すように俳句を書きとめてくれたなら、イマジナリー親戚としてとても嬉しい。

 それにしても、学生時代から俳句を介して色々な交流が生まれ、多くの友人ができるであろう彼らをうらやましく思う。友人というのは人生のどの段階においても重要だ。私たちは互いに孤独でないことを確認しあい、応援しあい、諫めあい、互いの悲喜を自分のことのように心に仕舞い、理解しあい、信頼しあう。学生時代には進級進学のたびに当たり前にできていた友人も、社会人になってからはそうそうできない。社会人から俳句を始めた勢にとってはコミュニティを探すことがまず難しく、まして損得勘定抜きで付き合える友人ができることも稀だ。私は幸い、俳句を始めてすぐSNSのアカウントを作り、そこで知り合った方々と今も交流を続けられている。特に語るべき理由もなく俳句を始めた自分が、今も続けられているのは間違いなく友人たちのおかげである。

 そんな気の置けない友人たちとどこかに出かけて俳句を作り、あれこれ言いあうことは、俳句に関連するイベントの中で一番楽しいと言ってよい。彼らが五感と思想を通して対峙した世界が、彫りだされた詩となって清記表に並ぶとき、いつも確かな高揚をおぼえる。何をどう感じたか、認識したか、存在せしめたか、そのナラティブを納得するまで紐解いていく句会という時間は、やはり豊かなものである。

 掲句は第五句集『眠たい羊』より。吟行の途中で見つけた澄んだ小川に、何人かはすでに足を浸し涼んでいる。私も彼らに倣い、靴と靴下を脱いでそっと足を浸す。思わぬ冷たさに放心していると、頭上からはかなかなの声が降ってくる。句後半の「かなかなまたかなかな」は字面も韻律もすこし異様。心と体の構成成分が、かなかなの声に置き換わっていく。私を見つけ、名を呼んでくれる友人がいなければ、かなかなの声の裡から戻ってくることができなくなりそうだ。吟行とはそれぞれが思い思いに動きながら、何となく繋がっている不思議な時間。川のつめたさを、かなかなの郷愁を、それぞれが味わい、それぞれの詩を見つける時間。俳句は孤立しながらも繋がりあうものなのだ。

(古田秀)


【執筆者プロフィール】
古田秀(ふるた・しゅう)
1990年北海道札幌市生まれ
2020年「樸」入会、以降恩田侑布子に師事
2022年全国俳誌協会第4回新人賞受賞
2024年第3回鈴木六林男賞、北斗賞受賞
2025年第2回鱗-kokera-賞受賞



【2025年8月のハイクノミカタ】
〔8月1日〕苺まづ口にしショートケーキかな 高濱年尾
〔8月2日〕どうどうと山雨が嬲る山紫陽花 長谷川かな女
〔8月3日〕我が霜におどろきながら四十九へ 平田修
〔8月4日〕熱砂駆け行くは恋する者ならん 三好曲
〔8月5日〕筆先の紫紺の果ての夜光虫 有瀬こうこ
〔8月6日〕思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ 中村草田男
〔8月7日〕広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼
〔8月8日〕汗の人ギユーツと眼つむりけり 京極杞陽
〔8月9日〕やはらかき土に出くはす螇蚸かな 遠藤容代
〔8月10日〕無職快晴のトンボ今日どこへ行こう 平田修
〔8月11日〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
〔8月12日〕離職者が荷をまとめたる夜の秋 川原風人
〔8月13日〕ここ迄来てしまつて急な手紙書いてゐる 尾崎放哉
〔8月14日〕涼しき灯すゞしけれども哀しき灯 久保田万太郎
〔8月15日〕冷汗もかき本当の汗もかく 後藤立夫
〔8月16日〕おやすみ
〔8月17日〕ここを梅とし淵の淵にて晴れている 平田修
〔8月18日〕嘘も厭さよならも厭ひぐらしも 坊城俊樹
〔8月19日〕修道女の眼鏡ぎんぶち蔦かづら 木内縉太
〔8月20日〕涼新た昨日の傘を返しにゆく 津川絵理子
〔8月21日〕楡も墓も想像されて戦ぎけり 澤好摩
〔8月22日〕ここも又好きな景色に秋の海 稲畑汀子
〔8月23日〕山よりの日は金色に今年米 成田千空
〔8月24日〕天に地に鶺鴒の尾の触れずあり 本間まどか
〔8月26日〕天高し吹いてをるともをらぬとも 若杉朋哉
〔8月27日〕桃食うて煙草を喫うて一人旅 星野立子

【2025年7月のハイクノミカタ】
〔7月1日〕どこまでもこの世なりけり舟遊び 川崎雅子
〔7月2日〕全員サングラス全員初対面 西生ゆかり
〔7月3日〕合歓の花ゆふぐれ僕が僕を泣かす 若林哲哉
〔7月4日〕明日のなきかに短夜を使ひけり 田畑美穂女
〔7月5日〕はらはらと水ふり落とし滝聳ゆ 桐山太志
〔7月6日〕あじさいの枯れとひとつにし秋へと入る 平田修
〔7月7日〕遠縁のをんなのやうな草いきれ 長谷川双魚
〔7月8日〕夏の風子の手吊環にとどきたる 大井雅人
〔7月9日〕かたつむり会社黙つて休みけり 加藤静夫
〔7月10日〕章魚濁るむかしむかしの傷のいろ 瀬間陽子
〔7月11日〕ゆかた着のとけたる帯を持ちしまま 飯田蛇笏
〔7月12日〕手のひらにまだ海匂ふ昼寝覚 阿部優子
〔7月13日〕おやすみ
〔7月14日〕彼とあう日まで香水つけっぱなし 鎌倉佐弓
〔7月15日〕子午線の町の風波梅雨に入る 友岡子郷
〔7月16日〕夏夕べ撫でつつ洗ふ母の足 柴田佐知子
〔7月17日〕蚊帳吊草辿れば少女の骨の闇 冬野虹
〔7月18日〕宿よりは遠くはゆかず夜の秋 高橋すゝむ
〔7月19日〕蟬しぐれ麵に生姜の紅うつり 若林哲哉
〔7月20日〕換気しながら元気な梅でいる 平田修
〔7月21日〕恋となる日数に足らぬ祭かな いのうえかつこ
〔7月22日〕闇よりも山大いなる晩夏かな 飯田龍太
〔7月23日〕ハイビーム消して螢へ突込みぬ 岩田奎
〔7月24日〕水蜘蛛を孕むまぶしい仮眠かな 未補
〔7月25日〕夕立の真只中を走り抜け 高濱年尾
〔7月26日〕短夜をあくせくけぶる浅間哉 一茶
〔7月27日〕空蟬より俺寒くこわれ出ていたり 平田修
〔7月28日〕おやすみ
〔7月29日〕夏帽子大きく振りて角曲がる 大角泰子
〔7月30日〕どの部屋に行つても暇や夏休み 西村麒麟
〔7月31日〕水羊羹のなかに棲みたる遠さかな 佐々木紺

【2025年6月のハイクノミカタ】
〔6月3日〕汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ 楠本奇蹄
〔6月4日〕香水の中よりとどめさす言葉 檜紀代
〔6月5日〕蛇は全長以外なにももたない 中内火星
〔6月6日〕白衣より夕顔の花なほ白し 小松月尚
〔6月7日〕かきつばた日本語は舌なまけゐる 角谷昌子
〔6月8日〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
〔6月9日〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
〔6月10日〕銀紙をめくる長女の夏野がある 楠本奇蹄
〔6月11日〕触れあって無傷でいたいさくらんぼ 田邊香代子
〔6月12日〕檸檬温室夜も輝いて地中海 青木ともじ
〔6月13日〕滅却をする心頭のあり涼し 後藤比奈夫
〔6月14日〕夏の暮タイムマシンのあれば乗る 南十二国
〔6月15日〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
〔6月16日〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
〔6月17日〕混ぜて扇いで酢飯かがやく夏はじめ 越智友亮
〔6月18日〕動くたび干梅匂う夜の家 鈴木六林男
〔6月19日〕ゆがんでゆく母語 手にとるものを、花を、だっけ おおにしなお
〔6月20日〕暑き日のたゞ五分間十分間 高野素十
〔6月21日〕菖蒲園こんな地図でも辿り着き 西村麒麟
〔6月22日〕葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
〔6月24日〕レッツカラオケ句会
〔6月25日〕ソーダ水いつでも恥ずかしいブルー 池田澄子
〔6月26日〕肉として何度も夏至を繰り返す 上野葉月
〔6月27日〕夏めくや海へ向く窓うち開き 成瀬正俊
〔6月28日〕夏蝶や覆ひ被さる木々を抜け 潮見悠
〔6月29日〕夕日へとふいとかけ出す青虫でいたり 平田修
〔6月30日〕なし

【2025年5月のハイクノミカタ】
〔5月1日〕天国は歴史ある国しやぼんだま 島田道峻
〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花
〔5月7日〕日本の苺ショートを恋しかる 長嶋有
〔5月8日〕おやすみ
〔5月9日〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔5月10日〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
〔5月11日〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
〔5月12日〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
〔5月13日〕姥捨つるたびに螢の指得るも 田中目八
〔5月14日〕青梅の最も青き時の旅 細見綾子
〔5月15日〕萬緑や死は一弾を以て足る 上田五千石
〔5月16日〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔5月17日〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
〔5月18日〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
〔5月19日〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
〔5月20日〕汗疹とは治せる病平城京 井口可奈
〔5月21日〕帰省せりシチューで米を食ふ家に 山本たくみ
〔5月22日〕胸指して此処と言ひけり青嵐 藤井あかり
〔5月23日〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔5月24日〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
〔5月25日〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
〔5月26日〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
〔5月27日〕ソフトクリーム一緒に死んでくれますやうに 垂水文弥
〔5月28日〕蝶よ旅は車体を擦つてもつづく 大塚凱
〔5月29日〕ひるがほや死はただ真白な未来 奥坂まや
〔5月30日〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二

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