
栗ごはん外を舞妓の通りけり
大石悦子
今週は『新版 角川俳句大歳時記 秋』(角川書店、2022年)より、「栗飯(栗おこは、栗ごはん)」の例句として載っている大石悦子の作品を紹介したい。原句は第三句集『百花』(角川書店、1997年)に収められている。
晩秋の京都が思い浮かぶ句である。栗ごはんの栗や、京都を観光しに来た人たちの中を通り抜けていく舞妓の髪飾りや着物、そしてその景全体を包んでいるであろう紅葉といった色彩の華やぎが楽しい。
自身は関西には9年半ほど住んでいたことがある。京都に4年、神戸に5年半。掲句を読むと、その後半の5年半のことを思い出す。
神戸での新生活が落ち着いて、さて髪をどこで切ろうかと人見知りの自分は悩んだ。6月後半になってやっと重い腰をあげ、ホットペッパービューティーを開き、元町駅(神戸の都心部エリア)の近くの美容院になんとなく決めた。最初は男性と女性それぞれ一人ずつスタッフがいたのだが、何回か通ううちにいつの間にか男性一人だけになっていた。
そのうち、その美容師さんが「京都に通って髪結いの修行をしている」という話をしてくれるようになった。元町は美容院の競争率が高く、それ一本だけで今後もやっていくのは厳しい。だから、より顧客の入りが安定している髪結の技術を身につけているのだという。ただし、花街の芸妓・舞妓を担当する「髪結師」というのは人数の枠がある程度決まっており、誰かが引退するなどして枠が空かないと、そもそも顧客を得ることさえできない。現在の自分と同じぐらいの年代のように見えたその美容師さんは、髪結師界の中で見たら最若手であり、おまけに男性の髪結師は女性に比べてかなり少ない、とも言っていた。僕は美容院に行くたびにその近況を伺いつつ、「美容師というのは大変なのだな」「女性の美容師さんがいなくなったのはその大変さの現れなのかな」「よく分からないけどすごいチャレンジをしているのだろうな」と髪を切ってもらいながらぼんやりと思っていた。
「枠が空いたので、この店は閉じる」と聞いたのはそれからまたしばらくしてのことである。元町へ最後に髪を切りに行った日、美容師さんは僕に「遠いけどよかったら」と簡単な地図の描かれた小さなカードをくれた。新たな店は京都の上七軒というところに構えるという。調べたら家から電車とバスを乗り継いで1時間半以上もかかる。しかし、新しく美容院を探すのは自分にとってなかなか億劫だし、髪を切るためとはいえ「花街に通う」というのはなんだか面白そうである。髪を切るのは2ヶ月に1回程度なので、そのくらいの頻度だったら行ってもいいかなと考えた。
そこから関東に引っ越すまでの約1年半ほど、僕はほぼ髪を切るためだけに神戸と上京区を定期的に往復した。上七軒は京都五花街(祇園甲部、宮川町、先斗町、上七軒、祇園東)のうち最も古い街であり、その歴史は室町時代までさかのぼるという。四条から3.5キロほど北にあり、北野天満宮にほぼ直結している。京都に住んでいたころは、祇園や先斗町を歩いたことはあったが、上七軒には行ったことがなかった。それなので、初めて上七軒のバス停を降りたとき、自身のイメージにある「花街」と違う、静かで落ち着いた雰囲気を意外に感じた。
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