能登時雨見たさに来る雨男 森羽久衣【季語=時雨(冬)】

能登時雨見たさに来る雨男

森羽久衣

 俳人協会の「若手句会」の頃から銀漢亭周辺でよくお目にかかった森羽久衣さん。その羽久衣さんの第一句集『匙のうら』が第28回日本自費出版文化賞詩歌部門賞を受賞されたというのでマンハッタン句会の仲間と共に授賞式に参列させていただいた。各分野の各賞の受賞をひたすら称える会。受賞作の販売会場があり、普段は目にとまらないような本も受賞者のスピーチを聞いてついつい手にとってしまった。

 日本自費出版文化賞は‘自費出版ホームページによる自費出版データの蓄積・公開活動と連動しながら、自費出版に光を当て、著者の功績を讃え、かつ自費出版に再評価、活性化を促進しようとするもの’(公式ホームページから抜粋)。句集は一般的に自費出版なので抵抗感もなく話題に上ることが多いが、自費出版業界にまで考えが及ぶことはこれまであまりなかった。

能登時雨見たさに来る雨男

 句集序文で伊藤伊那男さんが飴山實の〈うつくしきあぎととあへり能登時雨〉を引きつつ‘雨男の句は私を詠んだ句であるかもしれない’と記している。伊藤伊那男さんは羽久衣さんの師。きっとその日もそんな会話をしたのだろう。そんな心置きない関係性も垣間見えて心温まる。

 時雨というと京都を思うが、能登にもあるのなら私も見に行ってみたい。その雨男の心情はよくわかる。雨男は歓迎されない場面がクローズアップされがちだが、能登時雨を求めて行ったのならきっと本領発揮が願われたことだろう。

 時雨とかぶらないようにと「雨男」を「男かな」にしていたら実につまらない句になってしまう。ここは雨男が動かない。雨女だと軽さがわずかに失われてしまう。事実を述べただけかもしれないが、だとしても俳味のあるシチュエーションだったわけだ。

 能登時雨に出会えたかどうかは明記されていないが、その雨男のおかげで念願の情景となったからこそ一句になったと思われる。時雨を見たい俳人は山ほどいるだろうが、能登時雨に思いが及ぶ人はそこまではいないであろう。しかしこの句に出会ってからは私も能登時雨を見たい組の一員となった。

 授賞式のスピーチでは能登地震のことにも話が及んだ。発生当時羽久衣さんは能登に帰省中だったが、家の敷地には被害があったもののさほど深刻ではなかったとのこと。改めて地図で「羽久衣」という俳号のもとになった「羽咋(はくい)市」を見てみると、能登半島の南部であることがわかる。ほんの少し先が大変な被害だったという話を聞き、能登地震による被害の大きさを改めて思った。

『匙のうら』(2023年刊)所収。

吉田林檎


【執筆者プロフィール】
吉田林檎(よしだ・りんご)
昭和46年(1971)東京生まれ。平成20年(2008)に西村和子指導の「パラソル句会」に参加して俳句をはじめる。平成22年(2010)「知音」入会。平成25年(2013)「知音」同人、平成27年(2015)第3回星野立子賞新人賞受賞、平成28年(2016)第5回青炎賞(「知音」新人賞)を受賞。俳人協会会員。句集に『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)


【吉田林檎さんの句集『スカラ座』(ふらんす堂、2019年)はこちら ↓】



【吉田林檎のバックナンバー】
>>〔177〕掌に猫が手を置く冬日かな 対中いずみ
>>〔176〕行く秋や抱けば身にそふ膝頭 太祇
>>〔175〕蛇口みな運動会の空を向く 堀切克洋
>>〔174〕うなじてふ寂しきところ稲光 栗林浩
>>〔173〕ぬかるみか葛かわからぬものを踏む 板倉ケンタ
>>〔172〕大鯉のぎいと廻りぬ秋の昼 岡井省二
>>〔171〕紙相撲かたんと釣瓶落しかな 金子敦
>>〔170〕蜻蛉のわづかなちから指を去る しなだしん
>>〔169〕赤富士のやがて人語を許しけり 鈴木貞雄
>>〔168〕コスモスの風ぐせつけしまま生けて 和田華凛
>>〔167〕【林檎の本#4】『言の葉配色辞典』 (インプレス刊、2024年)
>>〔166〕山よりの日は金色に今年米 成田千空
>>〔165〕やはらかき土に出くはす螇蚸かな 遠藤容代
>>〔164〕どうどうと山雨が嬲る山紫陽花 長谷川かな女
>>〔163〕短夜をあくせくけぶる浅間哉 一茶
>>〔162〕蟬しぐれ麵に生姜の紅うつり 若林哲哉
>>〔161〕手のひらにまだ海匂ふ昼寝覚 阿部優子
>>〔160〕はらはらと水ふり落とし滝聳ゆ 桐山太志
>>〔159〕夏蝶や覆ひ被さる木々を抜け 潮見悠
>>〔158〕菖蒲園こんな地図でも辿り着き 西村麒麟
>>〔157〕夏の暮タイムマシンのあれば乗る 南十二国
>>〔156〕かきつばた日本語は舌なまけゐる 角谷昌子
>>〔155〕【林檎の本#3】中村雅樹『橋本鷄二の百句』(ふらんす堂、2020年)
>>〔154〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
>>〔153〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
>>〔152〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
>>〔151〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
>>〔150〕山鳩の低音開く朝霞 高橋透水
>>〔149〕蝌蚪一つ落花を押して泳ぐあり 野村泊月
>>〔148〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
>>〔147〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
>>〔146〕【林檎の本#2】常見陽平『50代上等! 理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』(平凡社新書)
>>〔145〕山彦の落してゆきし椿かな 石田郷子
>>〔144〕囀に割り込む鳩の声さびし 大木あまり
>>〔143〕下萌にねぢ伏せられてゐる子かな 星野立子
>>〔142〕木の芽時楽譜にブレス記号足し 市村栄理
>>〔141〕恋猫の逃げ込む閻魔堂の下 柏原眠雨
>>〔140〕厄介や紅梅の咲き満ちたるは 永田耕衣
>>〔139〕立春の佛の耳に見とれたる 伊藤通明
>>〔138〕山眠る海の記憶の石を抱き 吉田祥子
>>〔137〕湯豆腐の四角四面を愛しけり 岩岡中正
>>〔136〕罪深き日の寒紅を拭き取りぬ 荒井千佐代
>>〔135〕つちくれの動くはどれも初雀 神藏器
>>〔134〕年迎ふ山河それぞれ位置に就き 鷹羽狩行
>>〔133〕新人類とかつて呼ばれし日向ぼこ 杉山久子
>>〔132〕立膝の膝をとりかへ注連作 山下由理子
>>〔131〕亡き母に叱られさうな湯ざめかな 八木林之助

関連記事