
【読者参加型】
コンゲツノハイクを読む
【2026年8月分】
月末の恒例行事!「コンゲツノハイク」から推しの1句を選んで200字評を投稿できる読者参加型コーナーです。みなさんに未来の名句を探していただいています。今月は、9名の皆様にご参加いただきました。
噴水のカルキ匂へる夜風かな
小川軽舟
「鷹」
2026年8月号より
噴水から零れ落ちる水。その水道水のカルキの匂いが、生ぬるげな夜風に紛れて情感を刺激される。周りには、人が疎らに憩い、その噴水を涼しげに眺めている。汗に塗れた髪の匂いも入り交じり、憩う人皆が、噴水で身も心も癒される。その情景を「カルキ匂へる」と表現された噴水のように情緒溢れる夜の風情の秀句。
(杉森大介)
十薬やならし出社の冷たき手
茂田野マイ子
「鷹」
2026年8月号より
「ならし出社」復職・再出社の身体感覚。出社するにはまだ社会に馴染んでいない身体を、手の体温一点にしぼって表現してゆく。冷たき手は、他人の手か自分の手か。ここは後者と読みたい。十薬は日陰や湿った場所に生える植物で、独特の青臭い匂いがする。復帰初日の人間の身体が、まるで十薬の生えている薄暗い場所に置かれているようにまで感じさせる。不安、緊張。湿度のあるひと日。
(押見げばげば)
初鰹荒き潮目を縦縞に
渡辺花穂
「天穹」
2026年8月号より
初鰹の縦縞には荒き潮目の荒波を乗り越え生き抜いてきた、いわば年輪のようなものが刻まれているという。荒波に揉まれその波を乗りこなしてこそ鰹は一人前の成魚として堂々と脂が乗ってくるのだろう。目の前の初鰹が一層ありがたく感じられる。最初は、初鰹をいただく食卓の景が浮かんだが、その縦縞に目を凝らしていると、魚市場の競り売りで初鰹を買い付けに来た仲卸の人が生きのいい初鰹を見定めているそんな様子も連想された。
(貴田雄介/「台北俳句会」「We」)
あめんぼの影が影追ふ水の底
野津洋子
「伊吹嶺」
2026年8月号より
アメンボウは水の上にいて、影は水の底を。上の暑さと下の水底の涼しさの両方を同時に。絶妙と思いました。景色はある意味変哲のないものですが、水の表面のきらきらと水の底のゆらゆら。そしてアメンボウとその影の微妙なズレに描かれる夏。
アメンボウに焦点したことで回りに多くの余白を残しつつ、きっちり写生で一句の景色は美しく自立。加えてアメンボウの動きも見え、動画としても成立する十七音の面白く、素敵な句と選ばせていただきました。(haruwo/「麒麟」)
香水に一部始終のよみがへる
仲 栄司
「田」
2026年8-9月号より
マリリンモンローは、1952年のインタビューで「寝るとき何を身につけているの?」と聞かれて「シャネルの N°5 を数滴だけ」と答えた、というエピソードが有名。この言葉は彼女のイメージと重なり、シャネル N°5はマリリン・モンローの象徴的な香りとして広まった。因みに、ルパン三世に登場する、峰不二子も愛用しているとか。この句の香水。どのような想い出が込められた香水であろうか。(野島正則/「青垣」「平」「noi」)
十薬やならし出社の冷たき手
茂田野マイ子
「鷹」
2026年8月号より
「ならし出社」とは病気やメンタルの不調などで休職した人が、すこしずつ職場に慣れるための試し出社の制度。手が冷たくなるのは、緊張のあらわれだろう。季語「十薬」の花の白さが、冷たい手の白さとリンクする。十薬の独特のにおいに、居心地のわるさを感じた。ならし出社をした当人が自分の手のつめたさを客観的に詠んだとしてもいいし、職場の同僚や親が、親しいひとを詠んだとしても、それぞれに物語がひろがる。
(千野千佳/「蒼海」)
ふきのとうぐんぐんのびてもうたにん
菅谷英美
「いぶき」
33号より
幼いころの面影しか知らぬまま、久しぶりに会うと見たこともない青年に成長していた男子、そんな経験を思い出した。読者それぞれの「たにん」を想像することだろう。時間の経過は万物に容赦なく変化をもたらす。平仮名表記が、描かれている物事の事実性(ありのまま感)を読者にストレートに訴える、感慨は読んだ後にじんわりとやってくる。
(小松敦/「海原」)
刈り終へし毛から離れぬ羊かな
野月朱美
「雪華」
2026年8月号より
暑くなる夏を前に毛を刈られる羊ですが羊にとっては自分の意に反して刈られてしまった毛に自分の分身だったような感慨があるのかもしれない。なんとなく哀愁を感じる。自分に置き換えてみて、読み終わって何年も読んでない溜まった本、若い頃は気に入って着ていたけど捨てられないでいる服、などを思い切って捨てる時の心境に似てるような気がします。
(慢鱚/「俳句大学」)
大陸のようなおなかへ春の月
室田洋子
「海原」
2026年7・8月合併号より
大陸のようなおなかとはどんなおなかだろう。横たわっている、ふっくらと盛り上がったおなかだろうか。山に例えなかったのは、そこまで立体的にふくらんでいるわけではないということかもしれない。少し盛り上がっていることで、表面積の大きさを感じたのではないか。おなかの持ち主の体全体が広大な自然で、その象徴がおなかなのだ。このおなかが今のような状態になるまでの過程を知っていることもまた、大陸という言葉の生まれた理由ではないか。大柄な男性のおなかにも思えるし、身ごもった人のおなかにも思える。いずれにしても少し暗い窓際にいて、その人の頭上に柔らかな春の月がある。
(弦石マキ/「蒼海」)

【次回の投稿のご案内】
◆応募締切=2026年9月5日
*対象は原則として2026年8月中に発刊された俳句結社誌・同人誌です。刊行日が締切直後の場合は、ご相談ください。
◆配信予定=2026年9月10日ごろ
◆投稿先 以下のフォームからご投稿ください。
https://ws.formzu.net/dist/S21988499/
