
【第6席】
柳家小三治の俳句
炎天を来て小三治のゐない寄席 三橋五七
人間国宝の落語家、十代目柳家小三治が亡くなったのは2021年10月7日。寄席から小三治の芸が姿を消して、もうすぐ5年になろうとしています。冒頭に挙げた句は、小三治の十八番であり、私にとって盛夏の寄席の楽しみであった「青菜」に二度と会えなくなってしまった痛恨を詠んだものです。
ある独演会で、小三治が俳句について語り出したことがありました。小三治は噺の導入部である「まくら」が抜群に面白いことで知られ、ときには全編がまくらという高座もありました。普通、まくらは本題の噺に関連する話題を振るのですが、その日のまくらは演目とは全く無関係で、ただただ俳句について語りたいといった風でした。
その内容に触れる前に、小三治と俳句の関係を説明しておきましょう。小三治が俳句を始めたきっかけは「東京やなぎ句会」でした。1969年結成の句会で、小三治のほかに落語家の入船亭扇橋、放送作家で作詞家の永六輔、演芸評論家でエッセイストの江國茂、脚本家の大西信行、俳優の小沢昭一、上方落語の桂米朝、俳優の加藤武、小説家の神吉拓郎、民俗芸能研究者の永井啓夫、演芸作家で脚本家の三田純市、演芸評論家の矢野誠一といった面々が句座を囲みました。芸能・演芸の世界で名を成すそうそうたるメンバーが、多忙を押して毎月17日の定例句会に集まったのです。
大衆芸能を愛し、気心の知れたほぼ同世代が集まるこの句座を、俳人の鷹羽狩行は「あれは句会ではない」と評したといいます。矢野誠一によれば、
俳句そっちのけで、各人が持ち込んできた噂ばなしに興じるのだ。噂ばなしの大半がひとの悪口で、これがまた無類に面白いときているから始末が悪い。句会の出席率のすこぶるいいのは、欠席しようものなら、みんなにどんな悪口を言われているか容易に見当がつくからだ。
(『別冊太陽 柳家小三治』所収「すべて東京やなぎ句会でつくられた」)
気の置けない面々が句座を心から楽しんでいた様子が伝わります。ちなみに東京やなぎ句会にゲストとして招かれて以来、鷹羽狩行は毎年12月の忘年句会に喜んで参加していたそうです。狩行だけでなく、同句会には有名俳人があまたゲスト参加しています。主だった人を挙げると、冨安風生、藤田湘子、金子兜太、大牧広、稲畑汀子、黒田杏子、中原道夫……。
そんな東京やなぎ句会も、ひとり、またひとりとメンバーが鬼籍に入っていきます。「物故者の補填はしない」という会則のため、最後は小三治と矢野誠一のふたりだけに。そして小三治の死によって、半世紀にわたる歴史に幕を閉じました。
さて、独演会に話を戻すと――。小三治はしみじみと「俳句、うまくならないね」と語っていました。その一例として高座で披露したのが、次の句です。
きんたまのように椰子の実覗きけり
「まあこんなもんですよ。うまくないのは分かってます。でもね、本当にそう見えたんですよ。下から椰子の木を見上げるでしょ。そうすると、生い茂る椰子の葉の中に、立派な椰子の実が、こう、はみ出るように覗いているんです」
記憶を頼りに書いているので語り口は正確ではないかもしれませんが、概ねこのようなことを語っていました。そして「俳句はうまくなくていいんです」とも熱弁していたのです。
東京やなぎ句会の模様を収めた書籍『友あり駄句あり三十年』(日本経済新聞社)から、小三治の俳句観を引きます。
私分かりました。うまい人は初めからうまいの。長くやってるからってうまくはならないの。達者になるだけだよ。だから下手は下手でいいんだよ。下手がうまい句つくろうとするとバレちゃうんだよ。これからの私は下手でいいから自分に正直な句を作ろうと考えています。ところがこれが難しいんだよね。やっぱりうまい句つくりたくなってね。うそついちゃうんだよね。
(ともにDVD『落語研究会 柳家小三治大全 上・下』解説より)
この言葉は、小三治の落語観そのものです。インタビューや著書の中で小三治はたびたび、うまく演じようとしないことの大切さを述べています。淀みなく安定した口跡やリアリティーのある所作、爆笑を生み出す現代的な笑いのセンス――そうした“達者”な芸の薄さを指摘し、登場人物に生きている人間の心を感じられる噺の大切さを語っていました。
噺に対する私の根本は「そうそう、いる、いる。そういう人って」と言えること。それに尽きると思いますね。
結局、噺っていうものは、噺を聴くんじゃなくて、その人を聴くんですよ。その人の生き方や考え方を。
無理に笑わせようとせず、登場人物がただそこに存在するだけでじわじわと面白さが湧き上がってきた小三治の落語。それは、巧さよりも正直さを追求した結果と言えます。
そんな境地で「東京やなぎ句会」を楽しんだ小三治の句をいくつか紹介します。
煮凝りの身だけよけてるアメリカ人
時おりは怒ったように春の風
ひといきに葱ひんむいた白さかな
炎天にはちまきの人立っている
行く春やごみのんびりと神田川
注文の蜜豆待っている夫婦
ごきぶりが音から先にやってくる
硝子戸のむこうへ行きたい雨蛙
心太鼻から出でし痛さかな
片耳でマスクぶら下げ寄席の客
小三治の俳号は土茶(どさ)。10月7日は土茶忌で一句作ってみようと思います。
句会実況中継をはじめ、エッセイ、自選句などにより、東京やなぎ句会の全容を伝えるのが『友あり駄句あり三十年』(東京やなぎ句会編・日本経済新聞社)。
続編として次の3冊がある。
『五・七・五―句宴四十年』
『楽し句も、苦し句もあり、五・七・五』
『友ありてこそ、五・七・五』
(東京やなぎ句会編・すべて岩波書店)
【執筆者プロフィール】
三橋五七(みつはし・ごしち)
蒼海俳句会所属。第70回角川俳句賞次席。
中学1年生のときにたまたまラジオで聴いた十代目金原亭馬生の「抜け雀」に衝撃を受けて以来の落語ファン。
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