神保町に銀漢亭があったころ【第111回】宮澤正明

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注文の多い立ち飲み屋店

宮澤正明(写真家)

普段、僕は「おとうさん」と呼んでいる伊那男さんこと義父伊藤正徳は、実に不思議な人である。

おとうさんの笑顔は、まわりの人を幸せにする。

堅実で真面目な性分とは裏腹にユーモア溢れるコミュニケーション能力は抜群で、歴史や文学の知識は奥が深く大学教授のようだ。

僕の事も、「宮ちゃん」、「正明さん」、「宮澤さん」など状況や気分で呼び方を変えてくる。おとうさんは、俳句は瞬間を切り抜く文学だから宮ちゃんの写真によく似ていると話てくれた事があった。そんな表現の喩えで、俳句の事は分からない僕にいろいろと言葉の風景を投げかけてくれた。『知命なほ』『銀漢亭こぼれ噺』など、おとうさんの句集や本に僕の写真を挿入できたのも日頃の何気ない言霊のやり取りがあったからこそだと感じている。

16歳の歳の差である家内とは、今春結婚20周年を迎える。「桃咲くや嫁す日も父は酒臭し」結婚当日の照れたユニークな句を読まれてたおとうさんとも20年ほどのお付き合いになる。

銀漢亭を開店してから17年もの歳月が経ったのかと思うと実に感慨深い。「知命なほ草莽(さうまう)の徒や麦青む

お店をオープンするにあたり金融業だったおとうさんからすると異次元な世界の居酒屋開店は、店の内装準備や試食会など不慣れな事ばかりで、亡義母光代さんの沈黙の表情が今も脳裏に浮かぶ。「凍蝶といふさながらに妻逝けり

開店して数年後だと記憶してるが、店が居酒屋と言うよりはパン屋さんみたいなので内装を考えて欲しいとおとうさんから相談があり、日曜大工もした事がない僕が、友人の手を借りながら壁を塗り替え、カウンターをバーナーで焦げ目をつけ、はたまた流木を天井から吊り、僕の写真作品を飾り何とか手作りリフォームしたのが懐かしい。

その頃には、俳句関係御用達の居酒屋として神保町界隈で有名になっていた。今回、コロナ禍で銀漢亭が予定より早く閉店した事は、残念だが俳人伊藤伊那男としての人生の旅はまだ始まったばかりだと思う。大好きな旅と俳句があれば、いつまでもあの笑顔は消える事は無いだろう。


【執筆者プロフィール】
宮澤正明(みやざわ・まさあき)
写真家・映画監督・ビジュアルディレクター
1960 年東京都生まれ。日本大学芸術学部写真学科卒業。卒業時に日本大学芸術学会奨励賞。85 年に赤外線フィルムを使用した処女作「夢十夜」でニューヨークICPインフィニティアワード新人賞。2014年伊勢市観光ポスターにて日本観光ポスターコンクール総務大臣賞。
また映像作家として、伊勢神宮の森をテーマにしたドキュメンタリー映画『うみやまあひだ~伊勢神宮の森から響くメッセージ~』を初監督。海外の映画祭に数多くノミネートされ2015年マドリード国際映画祭にて外国語ドキュメンタリー部門最優秀作品賞他の2冠に輝く。
主な出版物として、2009年「伊勢神宮-現代に生きる神話」(講談社)、2015年「浄闇」(小学館)、2015年「遷宮」(枻出版)。
1984年銀座ニコンサロンでの写真展「夢十夜」から2020年富山県ミュゼふくおかカメラ館での写真展「伊勢神話への旅」まで国内外で数多くの展覧会を開催している。




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