春の夢遠くの人に会ひに行く 西山ゆりこ【季語=春の夢(春)】

春の夢遠くの人に会ひに行く

西山ゆりこ
『ゴールデンウィーク』より


さて、今年もうかうかしている内にあっという間にゴールデンウィークに突入である。日本人大移動週間のはじまりだ。

セクト・ポクリットの読者のみなさんは、ゴールデンウィークはどのようにして過ごす予定だろうか。(熱心な俳人の方ばかりだとも思うので、やはり句会・吟行三昧かも……?)

せっかくの長期休暇。友人や恋人と観光地へ出かける人、家族に会いにふるさとに帰省する人、どこに行っても混雑するからということで無理せず家でのんびり過ごす人と、その過ごし方は様々だと思うが、特に今年は大阪・関西万博という一大イベントが開幕したばかり。例年よりも大きな選択肢が一つ増えたことで、いつも以上に人の動きが活発になりそうだ。

まさに旅をすることにとっての王道の期間、ゴールデンウィーク。

ということで今回は、この時期読まずしていつ読むのか!というべきタイトルを冠した西山ゆりこさんの句集、その名も『ゴールデンウィーク』から一句を鑑賞してみよう。

春の夢遠くの人に会ひに行く 西山ゆりこ

一読、夢と現のあはひを揺蕩うような心地にさせられる作品だ。

それはやはり「春の夢」という季語の斡旋の効果が大きいのだが、「遠く」というそれ自体が様々な意味で曖昧さを付与するような形容詞も、一句の印象の良い意味での「ぼかし」に一役買っているように思える。

「遠くの人に会ひに行く」という行為は、言い切りの形の下五から、春の夢から醒めた今、これから実際に遂行されるべき明確な意志を持った行動であるとも読めるし、未だ春の夢の中に在る中での幻想のようにも読める。

後者の場合は、現実的には会いに行くことの難しい「遠く」離れた場所にいる誰かを想い、せめて春の夢の中では会いに行こうという読みだ。

しかし、たとえその読みをしたとしても、哀しみや暗さは全く感じさせない。一句を包んでいるのは向日性であり、「会いに行く」主体にもどこかカラッとした前向きな愛嬌のようなものを感じる。これは西山さん固有の性質が反映されているものでもあるだろう。

それは本句集『ゴールデンウィーク』全体の印象にも通ずる。

この句集のタイトルは、二十歳で俳句を始め『駒草』に入会した西山さんが、四六時中季語と五七五を頭の片隅にくっつけながら、「自由に、寂しく、楽しく」俳句を夢中で作っていた時期を振り返り、あれこそが自分にとっての「ゴールデンウィーク」だったと気付いたことから名付けられた。(『ゴールデンウィーク』あとがきより)

このことからも分かるように、西山さんが生来持つ向日性が何の衒いもなく素直に表出した結果が、本句集と掲句の明るさなのだ。

また、本句集には、〈遠くより訪ねてくれし白日傘〉という掲句と対を成すような句も収録されている。

会いに行く者と訪ね来られる者。この二句からは、作者にとって意識の上で「距離」というものが大きな壁となっていることと、それを乗り越えて人と人とが再会することの喜びが読み取れる。まさにその喜びを得ることこそが、西山さんにとっての「旅」の終着点なのではないだろうか。

この両句には「春の夢」「白日傘」というポジティブなイメージを纏った季語を斡旋することで、その喜びを包み隠すことなく読み手に伝えている。

西山さんの句は、どこまでも純粋でまっすぐなのだ。

さて、この他にも『ゴールデンウィーク』に収められた印象的な句をいくつか抄出しておきたい。 

朝寝して旅の終はりを先のばし 西山ゆりこ

七夕の寝台列車に揺られをり 同

クローバー蹴つて静かに船を出す 同

虹が立つ旅鞄にはワンピース 同

秋うらら東京駅のカツサンド 同

白菜は日常の味旅終はる 同

ゴールデンウィークありつたけのアクセサリー 同

日帰りの旅の始まり時計草 同

いずれも無駄な力みのない、映像の再現性の高い句ばかりだ。それでいてそこはかとない情趣を感じさせるあたりは、やはり非凡である。

西山さんはその実力をもって第十回星野立子新人賞を受賞されているが、それはそれとして、この人は変わらずに飄々と自分の俳句の道を歩んでゆくのだろうなと、なんとなく思わせてくれる。そんな風にほっこりとした、身近に感じられる俳人である。

ぼくたちも何かに過剰に囚われず、いつもこういう穏やかな心持ちでいたいものである。

ということで、みなさんものんびりと良きゴールデンウィークを過ごせますように!

内野義悠


【執筆者プロフィール】
内野義悠(うちの・ぎゆう)
1988年 埼玉県生まれ。

2018年 作句開始。炎環入会。
2020年 第25回炎環新人賞。炎環同人。
2022年 第6回円錐新鋭作品賞 澤好摩奨励賞。
2023年 同人誌豆の木参加。
    第40回兜太現代俳句新人賞 佳作。
    第6回俳句四季新人奨励賞。
俳句同人リブラ参加。
2024年 第1回鱗kokera賞。
    俳句ネプリ「メグルク」創刊。

炎環同人・リブラ同人・豆の木同人。
俳句ネプリ「メグルク」メンバー。
現代俳句協会会員・俳人協会会員。
馬好き、旅好き。


【2025年4月のハイクノミカタ】【2025年4月のハイクノミカタ】
〔4月1日〕竹秋の恐竜柄のシャツの母 彌榮浩樹
〔4月2日〕知り合うて別れてゆける春の山 藤原暢子
〔4月3日〕ものの芽や年譜に死後のこと少し 津川絵理子
〔4月4日〕今日何も彼もなにもかも春らしく 稲畑汀子
〔4月5日〕風なくて散り風来れば花吹雪 柴田多鶴子
〔4月6日〕木枯らしや飯を許され沁みている 平田修
〔4月8日〕本当にこの雨の中を行かなくてはだめか パスカ
〔4月9日〕初蝶や働かぬ日と働く日々 西川火尖
〔4月10日〕ヰルスとはお前か俺か怖や春 高橋睦郎
〔4月11日〕自転車がひいてよぎりし春日影 波多野爽波
〔4月12日〕春眠の身の閂を皆外し 上野泰
〔4月15日〕歳時記は要らない目も手も無しで書け 御中虫
〔4月16日〕花仰ぐまた別の町別の朝 坂本宮尾
〔4月17日〕殺さないでください夜どほし桜ちる 中村安伸
〔4月18日〕朝寝して居り電話又鳴つてをり 星野立子
〔4月19日〕蝌蚪一つ落花を押して泳ぐあり 野村泊月
〔4月20日〕人體は穴だ穴だと種を蒔くよ 大石雄介
〔4月22日〕早蕨の袖から袖へ噂めぐり 楠本奇蹄
〔4月23日〕夜間航海たちまち飽きて春の星 青木ともじ
〔4月24日〕次の世は雑木山にて芽吹きたし 池田澄子
〔4月25日〕ゆく春や心に秘めて育つもの 松尾いはほ
〔4月26日〕山鳩の低音開く朝霞 高橋透水
〔4月27日〕ぼく駄馬だけど一応春へ快走中 平田修
〔4月28日〕寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇
〔4月29日〕造形を馬二匹駆け微風あり 超文学宣言


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓



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