ここ迄来てしまつて急な手紙書いてゐる 尾崎放哉

ここ迄来てしまつて急な手紙書いてゐる

尾崎放哉

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今年の五月、小豆島を旅した。小豆島は思っていたより遠く、新幹線で岡山駅に出てから、快速マリンライナーで高松駅に行き、そこからさらにフェリーで1時間。しかし、目に映る景色がどんどん美しくなるすばらしい旅路だった。海には無数の島々が浮かび、フェリーの甲板に出れば、風が穏やかで心地いい。船内には観光客以外にも、通学のために地元の高校生たちが乗っていて、とてものどかだった。

小豆島といえば、小説『二十四の瞳』やオリーブ栽培で有名だが、俳人にとっては、何より、尾崎放哉(1885~1926)の最期の地としてよく知られている。小豆島で放哉が詠んだ句は、およそ2700。たった1年の間にすごい数だ。そのうち、216句が俳誌『層雲』に掲載された。旅行の前に放哉の小豆島時代の作品に目を通してみたのだけれど、その中には〈咳をしても一人〉や〈墓のうらに廻る〉、〈入れものが無い両手で受ける〉など有名句が数多くあった。しかし、わたしがもっとも心惹かれたのは、掲出句の〈ここ迄来てしまつて急な手紙書いてゐる〉だった。「ここ迄」はもちろん小豆島のことだけれど、それぞれがそれぞれの場所を思い描ける普遍性があると思ったのだ。「手紙」は、実務的なものかもしれないし、私的なものかもしれない。ただ、個人的には、人恋しさから筆をとったような感じがする。「ここ迄来てしまつて」にある、もう戻れないという切迫感が心を打つ。

そのような思いを抱きつつ、旅行の2日目に小豆島尾崎放哉記念館を訪ねた。開館時間は9時。早く着いたため、先に放哉のお墓参りをすることにした。小さな看板が放哉の墓の場所を教えてくれる。細い階段を何段も登り、到着した。立派なものではないけれど、ちゃんと手入れがされている。向かいには、朱色の西光寺がよく見え、夏うぐいすが高らかに鳴いている。お墓に手を合わせてから、放哉記念館に向かった。

記念館は、南郷庵があった所に建てられており、まさに放哉の終焉の地だった。館内は写真撮影禁止。放哉の人生を目に焼き付ける。エリートの生命保険会社員として、順調に出世していくが、酒におぼれて会社をクビになる。39歳の時に、京都市内の知恩院の寺男となり、40歳の時に小豆島へ向かう。南郷庵に住むようになってからも、飲酒はやめられず、困窮のなか、体を壊していく。この頃には、妻・馨とも別れ、一人きりだったという。ただ、放哉は小豆島ですごく孤立していたわけではなかった。西光寺の人々と宴を催すこともあったようだ。記念館で買ったブックレットには、放哉を知る島民の証言が載っていて、皆がここに来ても相変わらず酒飲みだったことを思い出している。そして、それと同時に、島民の多くが放哉を「品がいい人」だったと振り返っている。そのような放哉の一面は意外なようであり、何となく合点がいくような気がした。放哉の作品にある自堕落ではない孤独。有名句以外の作品にも触れてみると、外の世界に目を向けながら、自分の心のさみしさを詠んでいるのがわかる。

記念館では小豆島時代の句の一覧をもらえた。わたしは、帰りの新幹線のなかでもう一度作品を読み返してみた。そのなかには、島内に句碑が建てられていた句もある。どれもいい句ばかりだ。それでも、やはり、〈ここ迄来てしまつて急な手紙書いてゐる〉が一番心打つ句であるのに変わりがなかった。地理的にも、心理的にも、そして社会的にも遠いところに来てしまった放哉。優れた文学作品の持つ瑞々しさの源泉のような一句だと思う。

参考文献
『小豆島 尾崎放哉』小豆島尾崎放哉記念館発行
伊藤完吾・小玉石水編、『決定版 尾崎放哉全句集[付]新資料』春秋社、2002年

(遠藤容代)


【執筆者プロフィール】
遠藤 容代 (えんどう ひろよ)
1986年生まれ。「聲」・「天為」所属。句集に『明日の鞄』(ふらんす堂、2025年)


◆第一句集
冬泉野生の馬も来るといふ

自由でのびやかな把握とやわらかな言葉使いが挙げられよう。(序より・日原 傳)

◆自選十句
何を見る必要ありや鯨の目
二階には店員の来ぬ日永なり
減つてゆく蝌蚪に別れのとき近し
春惜しむすぐに大きくなる熊と
ほうたるの百葉箱のまはりにも
山に来て山の話や星月夜
大柄なひとのさしたる秋日傘
復元の書斎から雪よく見ゆる
耳飾り揺らして上がり絵双六
冬の浜拾へば大切な貝に



【2025年8月のハイクノミカタ】
〔8月1日〕苺まづ口にしショートケーキかな 高濱年尾
〔8月2日〕どうどうと山雨が嬲る山紫陽花 長谷川かな女
〔8月3日〕我が霜におどろきながら四十九へ 平田修
〔8月4日〕熱砂駆け行くは恋する者ならん 三好曲
〔8月5日〕筆先の紫紺の果ての夜光虫 有瀬こうこ
〔8月6日〕思ひ出も金魚の水も蒼を帯びぬ 中村草田男
〔8月7日〕広島や卵食ふ時口ひらく 西東三鬼
〔8月8日〕汗の人ギユーツと眼つむりけり 京極杞陽
〔8月9日〕やはらかき土に出くはす螇蚸かな 遠藤容代
〔8月10日〕無職快晴のトンボ今日どこへ行こう 平田修
〔8月11日〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
〔8月12日〕離職者が荷をまとめたる夜の秋 川原風人

【2025年7月のハイクノミカタ】
〔7月1日〕どこまでもこの世なりけり舟遊び 川崎雅子
〔7月2日〕全員サングラス全員初対面 西生ゆかり
〔7月3日〕合歓の花ゆふぐれ僕が僕を泣かす 若林哲哉
〔7月4日〕明日のなきかに短夜を使ひけり 田畑美穂女
〔7月5日〕はらはらと水ふり落とし滝聳ゆ 桐山太志
〔7月6日〕あじさいの枯れとひとつにし秋へと入る 平田修
〔7月7日〕遠縁のをんなのやうな草いきれ 長谷川双魚
〔7月8日〕夏の風子の手吊環にとどきたる 大井雅人
〔7月9日〕かたつむり会社黙つて休みけり 加藤静夫
〔7月10日〕章魚濁るむかしむかしの傷のいろ 瀬間陽子
〔7月11日〕ゆかた着のとけたる帯を持ちしまま 飯田蛇笏
〔7月12日〕手のひらにまだ海匂ふ昼寝覚 阿部優子
〔7月13日〕おやすみ
〔7月14日〕彼とあう日まで香水つけっぱなし 鎌倉佐弓
〔7月15日〕子午線の町の風波梅雨に入る 友岡子郷
〔7月16日〕夏夕べ撫でつつ洗ふ母の足 柴田佐知子
〔7月17日〕蚊帳吊草辿れば少女の骨の闇 冬野虹
〔7月18日〕宿よりは遠くはゆかず夜の秋 高橋すゝむ
〔7月19日〕蟬しぐれ麵に生姜の紅うつり 若林哲哉
〔7月20日〕換気しながら元気な梅でいる 平田修
〔7月21日〕恋となる日数に足らぬ祭かな いのうえかつこ
〔7月22日〕闇よりも山大いなる晩夏かな 飯田龍太
〔7月23日〕ハイビーム消して螢へ突込みぬ 岩田奎
〔7月24日〕水蜘蛛を孕むまぶしい仮眠かな 未補
〔7月25日〕夕立の真只中を走り抜け 高濱年尾
〔7月26日〕短夜をあくせくけぶる浅間哉 一茶
〔7月27日〕空蟬より俺寒くこわれ出ていたり 平田修
〔7月28日〕おやすみ
〔7月29日〕夏帽子大きく振りて角曲がる 大角泰子
〔7月30日〕どの部屋に行つても暇や夏休み 西村麒麟
〔7月31日〕水羊羹のなかに棲みたる遠さかな 佐々木紺

【2025年6月のハイクノミカタ】
〔6月3日〕汽水域ゆふなぎに私語ゆづりあひ 楠本奇蹄
〔6月4日〕香水の中よりとどめさす言葉 檜紀代
〔6月5日〕蛇は全長以外なにももたない 中内火星
〔6月6日〕白衣より夕顔の花なほ白し 小松月尚
〔6月7日〕かきつばた日本語は舌なまけゐる 角谷昌子
〔6月8日〕螢火へ言わんとしたら湿って何も出なかった 平田修
〔6月9日〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
〔6月10日〕銀紙をめくる長女の夏野がある 楠本奇蹄
〔6月11日〕触れあって無傷でいたいさくらんぼ 田邊香代子
〔6月12日〕檸檬温室夜も輝いて地中海 青木ともじ
〔6月13日〕滅却をする心頭のあり涼し 後藤比奈夫
〔6月14日〕夏の暮タイムマシンのあれば乗る 南十二国
〔6月15日〕あじさいの水の頭を出し闇になる私 平田修
〔6月16日〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
〔6月17日〕混ぜて扇いで酢飯かがやく夏はじめ 越智友亮
〔6月18日〕動くたび干梅匂う夜の家 鈴木六林男
〔6月19日〕ゆがんでゆく母語 手にとるものを、花を、だっけ おおにしなお
〔6月20日〕暑き日のたゞ五分間十分間 高野素十
〔6月21日〕菖蒲園こんな地図でも辿り着き 西村麒麟
〔6月22日〕葉の中に混ぜてもらって点ってる 平田修
〔6月24日〕レッツカラオケ句会
〔6月25日〕ソーダ水いつでも恥ずかしいブルー 池田澄子
〔6月26日〕肉として何度も夏至を繰り返す 上野葉月
〔6月27日〕夏めくや海へ向く窓うち開き 成瀬正俊
〔6月28日〕夏蝶や覆ひ被さる木々を抜け 潮見悠
〔6月29日〕夕日へとふいとかけ出す青虫でいたり 平田修
〔6月30日〕なし

【2025年5月のハイクノミカタ】
〔5月1日〕天国は歴史ある国しやぼんだま 島田道峻
〔5月2日〕生きてゐて互いに笑ふ涼しさよ 橋爪巨籟
〔5月3日〕ふらここの音の錆びつく夕まぐれ 倉持梨恵
〔5月4日〕春の山からしあわせと今何か言った様だ 平田修
〔5月5日〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
〔5月6日〕薄つぺらい虹だ子供をさらふには 土井探花
〔5月7日〕日本の苺ショートを恋しかる 長嶋有
〔5月8日〕おやすみ
〔5月9日〕みじかくて耳にはさみて洗ひ髪 下田實花
〔5月10日〕熔岩の大きく割れて草涼し 中村雅樹
〔5月11日〕逃げの悲しみおぼえ梅くもらせる 平田修
〔5月12日〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
〔5月13日〕姥捨つるたびに螢の指得るも 田中目八
〔5月14日〕青梅の最も青き時の旅 細見綾子
〔5月15日〕萬緑や死は一弾を以て足る 上田五千石
〔5月16日〕彼のことを聞いてみたくて目を薔薇に 今井千鶴子
〔5月17日〕飛び来たり翅をたゝめば紅娘 車谷長吉
〔5月18日〕夏の月あの貧乏人どうしてるかな 平田修
〔5月19日〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
〔5月20日〕汗疹とは治せる病平城京 井口可奈
〔5月21日〕帰省せりシチューで米を食ふ家に 山本たくみ
〔5月22日〕胸指して此処と言ひけり青嵐 藤井あかり
〔5月23日〕やす扇ばり/\開きあふぎけり 高濱虚子
〔5月24日〕仔馬にも少し荷をつけ時鳥 橋本鶏二
〔5月25日〕海豚の子上陸すな〜パンツないぞ 小林健一郎
〔5月26日〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
〔5月27日〕ソフトクリーム一緒に死んでくれますやうに 垂水文弥
〔5月28日〕蝶よ旅は車体を擦つてもつづく 大塚凱
〔5月29日〕ひるがほや死はただ真白な未来 奥坂まや
〔5月30日〕人生の今を華とし風薫る 深見けん二

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