天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女【季語=星祭(秋)】

 恋の句は、和歌の恋が背景にある。それは、和歌の恋への憧れなのか、自分の想いを重ねて詠んだのかは分からない。24歳で夫を亡くした作者が恋に恋した可能性もあるが、句からうかがえる艶やかさは、ときに生々しい。恋をしたのかもしれない。

  走馬燈こゝろに人を待つ夜かな

  逢ふほどに親しさまさる団扇かな

  こぬ人を待つに堪へけり吊忍

  逢ひみたき人は遠さよ初嵐

  うつり香のうなじにほのと菊枕

  屠蘇の酔ひ男の顔のうるはしき

  はづかしき朝寝の薺はやしけり

  帯とけば足にまつはり春の夜

  しどけなく帯ゆるみ来ぬ花衣

  春愁や覗く鏡にほつれ髪

  花曇り別るる人と歩きけり

 やがて、老いを感じる齢となる。自慢の黒髪も衰え、唇の赤さも失った。

  妬ましき芙蓉の紅や老を知る

  うつむけば櫛の落ちたる木の葉髪

  寒紅や過ぎし世を恋ふ古暦

 老いを肯定しつつも最後まで誰かを恋い、つつましく暮らした。淡路女の美しさはその俳句とともにいつまでも色褪せることはない。

  天上の恋をうらやみ星祭   高橋淡路女

 年中行事を絵巻のように詠んだ作者には、七夕関係の句が多い。いずれも、恋の想いを重ねた句となっている。

  ぬばたまのくろ髪洗ふ星祭

  七夕や筆の穂なめし唇の墨

  星合やひそかに結ぶ芝のつゆ

  朝顔に寝乱れ髪の櫛落ちぬ

 漆黒の髪を洗って待つ七夕の夜、願い事を書くために筆の穂先を舐めて墨のついた唇、芝に結び合う露の粒の光りに想う逢瀬、牽牛花とも呼ばれる朝顔の咲く頃の乱れ髪。七夕には、艶めいた句を詠んだ。和歌の時代からの流れで、題詠として詠んだとも思われるが、七夕の逢瀬に憧れる気持ちがなければ艶のある表現は生まれない。逢いたい人、恋しく想う人がいたのだ。それは、亡き夫かもしれないし、寡婦となった後に恋した人かもしれない。淡路女の恋の句から察するに、密かに逢う関係の人で結ばれることのない人だったことが推測される。

 天上の恋をうらやんだのは、逢えるからだけではない。年に一度とはいえ、堂々と逢瀬ができる恋だからではないだろうか。その逢瀬は永遠の相思相愛を前提としており、人々から祝福される恋である。毎年、必ず逢える恋、永遠に逢うことが約束された恋である。

 私の妄想に過ぎないが、寡婦となってからの淡路女の恋は、他人に知られてはいけない秘密の恋であり、別れることが前提の恋だったのだろう。逢瀬の時間は短く、次はいつ逢えるのかも分からない。ただひたすら待つ恋。別れに怯えつつ、淋しさに泣くような恋だったのだ。情緒溢れる写生句や耽美的な動植物の描写は、恋をしていたからこそ詠めたのではないだろうか。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。


2020年10月からスタートした「ハイクノミカタ」。【シーズン1】は、月曜=日下野由季→篠崎央子(2021年7月〜)、火曜=鈴木牛後、水曜=月野ぽぽな、木曜=橋本直、金曜=阪西敦子、土曜=太田うさぎ、日曜=小津夜景さんという布陣で毎日、お届けしてきた記録がこちらです↓


【篠崎央子のバックナンバー】
>>〔183〕天上の恋をうらやみ星祭 高橋淡路女
>>〔182〕恋となる日数に足らぬ祭かな いのうえかつこ
>>〔181〕彼とあう日まで香水つけっぱなし 鎌倉佐弓
>>〔180〕遠縁のをんなのやうな草いきれ 長谷川双魚
>>〔179〕水母うく微笑はつかのまのもの 柚木紀子
>>〔178〕水飯や黙つて惚れてゐるがよき 吉田汀史
>>〔177〕籐椅子飴色何々婚に関係なし 鈴木榮子
>>〔176〕土星の輪涼しく見えて婚約す 堀口星眠
>>〔175〕死がふたりを分かつまで剝くレタスかな 西原天気
>>〔174〕いじめると陽炎となる妹よ 仁平勝
>>〔173〕寄り添うて眠るでもなき胡蝶かな 太祇
>>〔172〕別々に拾ふタクシー花の雨 岡田史乃
>>〔171〕野遊のしばらく黙りゐる二人 涼野海音
>>〔170〕逢ふたびのミモザの花の遠げむり 後藤比奈夫
>>〔169〕走る走る修二会わが恋ふ御僧も 大石悦子
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>>〔167〕約束はいつも待つ側春隣 浅川芳直
>>〔166〕葉牡丹に恋が渦巻く金曜日 浜明史
>>〔165〕さつま汁妻と故郷を異にして 右城暮石
>>〔164〕成人の日は恋人の恋人と 如月真菜
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