綿虫と吾ともろともに抱きしめよ 藺草慶子【季語=綿虫(冬)】

綿虫と吾ともろともに抱きしめよ

藺草慶子
(『遠き木』)

 先日、自註現代俳句シリーズ『藺草慶子集』(俳人協会刊)が届いた。これまでに出版された5冊の句集及び未収録句から自選した300句を年代順に掲載し、自註を付した本である。

 私が藺草慶子さんと最初に出会ったのは20年ほど前のこと。当時すでに慶子さんは有力俳人として活躍中で、20代・30代の若手俳人にとっては憧れの作家であった。吟行の名手とも、席題の名手とも言われていた。しっかりとした写生句を詠まれる印象を持っていたが、今回出版された『藺草慶子集』には、様々な手法の句が収録されている。註も句の背景や解説ではなく、その頃に起こった出来事や俳句への思いなどが記されている。自註というよりは回想録のような感覚で読むことができ、新鮮である。

 藺草慶子さんは、昭和34年、東京都生まれ。東京女子大学在学中の23歳の頃、俳句研究会「白塔会」にて山口青邨に師事。黒田杏子指導「木の椅子会」、古舘曹人指導「ビギンザテン」、八田木枯指導「晩紅熟」に学ぶ。山口青邨主宰「夏草」、斎藤夏風主宰「屋根」、黒田杏子主宰「藍生」を経て、現在は染谷秀雄主宰「秀」所属。平成8年、第二句集『野の琴』で俳人協会新人賞受賞。平成18年、石田郷子、大木あまり、山西雅子とともに「星の木」創刊、同人。平成28年、『櫻翳』により第4回星野立子賞受賞。他の句集に、『鶴の邑』『遠き木』『雪日』がある。

 『藺草慶子集』には、丁寧な景の描写の句の中にときおり、ハッとするような恋の句が収められている。恋の句については、以下のような註があった。

  今生にわが恋いくつ夏の月  昭和五九年頃作
 「恋の句を作るのに憧れていた頃。中学、高校、大学と女子高育ちだったせいもあり、男性と話すのは苦手だった。」

  月光に明日逢ふための服を吊る  平成九年作
 「『ふらんす堂通信』に『愛の句恋の句』を連載開始。恋を詠んだ優れた句を紹介した。ずっと自分自身もそんな句が作ってみたかったのだ。

 恋の句に憧れていた作者は、「愛の句恋の句」の連載をしていた。恋の句を詠むのも頷ける。時には、友人や知人のことを詠んだ句も恋の句の雰囲気を帯びる。
  会へぬまま春月すでに濃くなりぬ
  桐の花人に離れて歩きけり
  月高くなりて待たるる手紙かな
  天空に鳥別るるや洗ひ髪
  納めたる雛ほど遠き人のあり
  花の翳すべて逢ふべく逢ひし人

 四十年以上にもわたる句歴のなかでは、文芸上の恋も詠まれていると思われる。年齢とともに、初々しい恋から激しい恋を経て遠い恋へと変化してゆく。水っぽさを持たせない詠み方である。
  香水や封切るときの空の青
  後の世も猟夫となりて吾を追へ
  君寄らば音叉めく身よ冬の星
  髪白くなるうつそみや星の恋
  恋せよと蜩忘れよと蜩

 山口青邨の影響を受けた写生、観察の眼は、丁寧な描写を生んだ。また、旅が好きでその土地の民俗や風土を詠み込むことを得意とした。
  紺つばめ平戸に古りし解剖図
  錆鮎や香炉の底の十字(クルス)紋
  ゆるやかに影を岐ちて鶴翔てり
  爪先に深雪のきしむ鶴の村
  一山の寝落ちてしだれ桜かな

 海外詠も見事である。海外旅行は、女性の友人と二人で行くことが多いらしい。
  炎天やハレムに黄金(きん)の涙壺
  朝涼や運河の映る化粧台
  蚊喰鳥ナイルに水位刻む壁

 単なる描写では終わらず、何気ない美の発見がある。作者によって見出された美は、恋への憧れを思わせる。
  うつとりと落ちゆくことも凧(いかのぼり)
  ぶらんこの影を失ふ高さまで
  待宵や草を濡らして舟洗ふ
  立春の星すみずみに雑木林
  遠き木の揺れはじめけり氷水
  ねむる子のまぶたの動く青葉潮

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