先生それは白い雛菊カモミール 金子皆子【季語=雛菊(春)】

  鬱の日々恋する人に告げてよ雲雀

 春愁なのか鬱なのか恋なのか。苦しい日々を恋する人に伝えて欲しいと雲雀に願う。告天使の異称を持つ雲雀に想いを託すおおらかさは、古代和歌のようだ。掲句を以て、鬱の気分は収まってゆく。

「大時計」の章は短い。引き続き自宅での日々のようだ。

 花馬酔木神賜りし痛みと辞書
 夢の黒猫紅梅は泣いているかな

 菜の花に恋情という光の(かせ)

痛み、悲しみはあるのだけれども、詩情の高い句が続く。「恋情」を「光の綛」として捉え、どうしようもなく引き寄せられる気持ちを詠む。

 「白い雛菊」の章に入り、待ちに待った旭市へ向かう。

  主治醫と語る今日は咲いていた雛罌粟
  右肺左肺ともに監視下鯉幟

 久しぶりに対面した主治醫と語ったことは、「雛罌粟」のこと。世間話ができる医師は多くはない。何気ないことではあるけれども主治醫の人柄や親しさが読み取れる句である。体調はというと「右肺左肺」が「監視下」にあるという。後に肺に転移することになるのだが、その兆候があったようだ。

  先生それは白い雛菊カモミール   金子皆子

掲句は、上記二句の後に置かれた句である。主治醫と花壇でも見ているのか、「それは雛菊であっちがカモミール」という会話を句にしたのであろう。花に詳しくない主治醫は、雛菊とカモミールの区別がつかない。「白い花」だという認識しかなかったのだろう。前の句で「雛罌粟」のことが詠まれているので、雛罌粟と勘違いした可能性もある。句集中、主治醫は常に白い花とともに詠まれている。山査子の花、野薔薇、海桐の花、雪柳など。白衣や清潔感などから主治醫のイメージカラーは白だったのだろう。雛菊やカモミールも清涼感のある白である。白い花を見ては主治醫を想ってきた日々がある。今、目の前にその想い人が居て、一緒に白い花を見ている。そんな喜びが伝わってくる句である。きっと、少女のようにはしゃぎながら花の名を告げたことであろう。

  私の野胸中水を吸う白蝶

 その後の句である。白蝶にもまた主治醫を重ねている。いつしか胸に棲みついた白蝶のような存在。胸中の水を吸っては締め付ける存在なのだ。

  全て任せる余命咲き続ける薔薇の気

 短い対面診察を終えて、旭市を後にする。医師と患者の関係だけれども、余命も全て預けて、恋の薔薇も病の薔薇も咲き続ける。

「山萵苣の花」の章は短いが、幻想的で情感がある。

  カサブランカ百合の名それは遠い街

  精霊とあり山萵苣(やまぢしゃ)の花の森

「白い王冠」の章は、旭市を後にし、熊谷での生活が描かれる。      

  灯台は主治醫浜梨赤い花

  主治醫のこと話す食卓に花蜂

  わが鳩尾(みぞおち)緑夜に向き合って痛む

 白い灯台もまた主治醫を想わせ、浜梨の赤い花は自身のことであろう。家族の前で主治醫の話をするのは、どんな気持ちだったのだろうか。「花蜂」という季語で気恥しさを表している。そして鳩尾の痛みが不吉である。

      夫帰宅
  夫牛蛙万事順調万事順調

 そんななかで、夫を詠んだ句は明るくて安心させられる。主治醫が白い花とともに詠まれるのに対し、夫は春鴉とか牛蛙であるのが正直過ぎて可笑しい。

 恋の想いと病への不安を残しつつ『花恋Ⅰ』は終る。そして『花恋Ⅱ』へとつづく。『花恋Ⅰ』の見せ場は、前半部の主治醫への情熱的な想いを詠んだ「白い花白い秋」の章である。他の章では、恋の句は、日常生活と風景描写の連作の合間に挟まれている。読者は、恋の物語を辿るような感覚で読み進めることができる。単純描写や報告的な句の間に恋の句があると、読む側のテンポが良くなる。そして、恋の句の後には幻想的で詩情の高い句が並ぶ。句集としては、非常に優れた構成となっている。このドラマチックな構成に金子兜太がどこまで関わっていたかは分からない。主治醫に恋をしたことは事実なのであろうが、その恋が句集を面白くさせていることは確かである。『花恋Ⅱ』でも引き続き、恋と闘病がつづく。

篠崎央子


篠崎央子さんの句集『火の貌』はこちら↓】


【執筆者プロフィール】
篠崎央子(しのざき・ひさこ)
1975年茨城県生まれ。2002年「未来図」入会。2005年朝日俳句新人賞奨励賞受賞。2006年未来図新人賞受賞。2007年「未来図」同人。2018年未来図賞受賞。2021年星野立子新人賞受賞。俳人協会会員。『火の貌』(ふらんす堂、2020年)により第44回俳人協会新人賞。「磁石」同人。



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